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臥待ち月の情人 〜ふしまちづきのこいびと〜 の小説カバー

臥待ち月の情人 〜ふしまちづきのこいびと〜

街の喧騒から遠く離れた外れに、ひっそりと佇む一軒の古い日本家屋がある。そこは、限られた者のみが足を踏み入れることを許される、知る人ぞ知る格式高い高級娼館「臥待月」であった。この隠れ家のような館に招かれるのは男性客のみ。静謐な空気が流れる館内では、世に二人といないほどに美しい容姿を持った二人の男娼が、訪れる客を優しく迎え入れる。彼らの役割は、単に身体を重ねることだけではない。「どんなお悩みも癒やして差し上げます」という言葉の通り、客が心の奥底に抱える苦悩や孤独、誰にも言えない葛藤を、至高のもてなしによって解きほぐしていくのだ。月の光が差し込む幻想的な空間で、選ばれし男たちが提供するのは、心身ともに満たされる極上の癒やしの時間。日々の喧騒に疲れ、魂の救いを求める男たちは、この秘められた館で美しい男娼たちと対峙し、己の傷を癒やしていく。耽美な世界観の中で描かれる、男たちの切なくも温かな交流の物語。隠れ家的な舞台設定と、神秘的な魅力を持つ登場人物たちが織りなす、至高の癒やしと愛のドラマがここに幕を開ける。
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町外れに、古びた日本家屋がある。

 よく手入れされた庭園があり、ところどころ朽ちかけた石壁の隙間から、のぞき見ることができた。 人の出入りはほとんど見かけないのにも関わらず、いつでもその庭は整っていて、玄関先の大きな桜の樹のしたに、花びらが散っているのすら見かけることはなかった。 表札もなく、ポストに郵便物がたまることもないため、近所では空き屋ではないかと噂されたこともあるらしい。

しかし、さびれも荒れもしないどころかその屋敷は、ふかく夜が更けると、ぼんやりと灯りが灯るのだった。

 私は、月の見えない晩にある噂を真に受けて、その屋敷のある町外れを訪れた。 小雨が降り始めた。 噂を信じて買い求めた、骨が多い和傘を開いた。明るい海老茶色の布がいくらか恥ずかしい。

細い路地を抜けると、大きな屋敷が見える。 小さな灯りが門を照らしていて、私はほっと胸をなで下ろした。 とりあえず迎えてもらえそうだ。あの灯りが消えているときは、入れてもらえないのだと聞いたことがあった。 門の前までたどりついて、建物の大きさにひと呼吸した。 あたりに車通りはなく、静まりかえった夜更けの日本家屋。誰か住んでいる気配は感じられないのに、何故か無人の不気味さはなかった。 呼び鈴もなにもない。戸惑いながら傘を閉じたとき、からからと格子戸が開く音が聞こえた。

「おしめりは止みましたか」

ゆったりとした京なまりで、濃紺の着物に、腰の低いところで海老茶色の帯を締めた青年。濡れ羽色と表現するのにふさわしい黒髪は長く、ひとつに結って、背中に流れている。 あまりの美しさに私が呆然としていると、青年は、私の傘を見て、艶やかに微笑した。  

「お待ちしておりました」

「あ…あの、私は」

青年は格子戸を片手で押さえ、館の中にいざなうように私に手を伸ばした。手と足が一緒に出そうになりながら私は進み、彼の手をおずおずと掴んだ。 その瞬間、玄関先の桜が風でざわめき、花びらが私のうえに降り注いだ。

 薄暗い回廊は、外から屋敷を見た時には予想もつかないほどの長さだった。 途中、灯りがついた部屋もあったが、私が通されたのは、回廊のずっとずっと奥だった。 障子がするすると開くと、ほんのりと明るい座敷に通された。 新しい畳の良い香りと、卓袱台に並んだ豪華な食事。 青年は私を卓袱台の前に案内すると、青年は三つ指をついて、ふかく頭を下げた。

「今宵はこころゆくまでおくつろぎくださいませ」

私は、青年が顔を上げるのを待って、尋ねてみた。

「噂は本当だったのですね。ここは本当に…その……」

言葉に詰まってしまった私に、軽く首を傾け、青年は答えてくれた。

「お客様のご要望にお応えする宿でございます。食事のあとには、そちらに湯を用意してございます」

「湯……」

私の顔が赤くなったのを見ても青年は表情を変えず、静かに立ち上がった。 そして繋がった隣の座敷の襖を、音もなく開けた。 私は口を開けたまま、息を飲んで固まってしまった。 庭園を望める大きな窓、白い湯気をあげる備え付けの桧風呂と、その手前に敷かれた布団。お約束といわんばかりに、並べられた二つの枕。

「わ…私は、そのっ……半信半疑で来てしまって……」

「春日井さまとお呼びしてよろしいですか?それとも、静さんと?」

「えっ…?」

「ここは、秘めた想いを抱えた方がいらっしゃる宿です。もちろん、お迎えする私共も同じでございます。もしよろしければ、静さんと呼ばせていただけませんか?」

 青年は襖を締めて、私の横に膝を折って座った。わずかに白檀の香りが漂ってきた。 青年は熱燗の徳利を持ち上げ、ふたたび艶やかに微笑した。

「夕とお呼びください。静さん」

 私はもう、この夕(ゆう)という青年から目を離せなくなっていた。

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