
命の淵で愛は終わる
章 3
もちろん、カールが浮気をしたわけではないことは分かっている。
だが、彼の心の中では、私がビアンカの髪一本にも及ばない存在であることも知っている。
これは、精神的な裏切りだ。
痛みに、思わず体が震える。
カールの私への愛は、彼の口先だけのものであったと、私ははっきりと悟った。
彼は、本気で私を愛してなどいなかったのだ。
拳を固く握りしめ、爪が手のひらに食い込むに任せる。
痛みが、私を正気にさせてくれる。
どれほどの時間が経ったか、深く息を吸い込み、体の力を抜いた。
私は一つの決意をした。
カールに他に大切な人がいるのなら、私もまた「ルナ」の座を明け渡すべきだ。
カールによって切られた通話画面を見つめ、携帯電話を傍らに放り投げ、目を閉じた。
間もなく、背後から清冽な香りが漂ってきた。
慣れ親しんだその香りに、私の心は一瞬で安らいだ。
振り返ると、アーサーが月光の差し込む窓辺に立っていた。
彼の白衣の裾からは消毒液の匂いがかすかに香り、指先には薬瓶が一つ握られていた。
「鎮痛剤を持ってきた。錠剤が効き始めるまで二十分はかかる」
普段より少し低い彼の声。その視線は、私がシーツを握りしめる手の甲に注がれている。
「君は痛みに敏感だから、念のため持ってきたんだ」
その言葉が終わる頃、彼の香りがさらに濃くなり、まるで実体を持つかのように私の手首に絡みついた。
未だに鈍く痛んでいた腰のあたりが、不思議と和らいでいく。
私は複雑な思いでアーサーを見つめた。
何年も経つのに、彼は少しも変わっていなかった。
思わず身を引いたが、彼にそっと手首を掴まれた。
指先はひんやりと冷たいのに、その力は抗うことを許さなかった。
「知っているだろう、俺のフェロモンは痛みを和らげる。薬より早い」
彼は私の目をじっと見つめる。その瞳には、窓から差し込む月光が映り込んでいた。
「試してみるか?」
私はすぐに首を横に振り、指先でシーツを固く握りしめた。
「いいえ、薬が効くのを待つから」
彼の指の関節が、不意に固く締まる。モミの香りの中に、微かに苦いものが混じった気がした。
「何を恐れている? 俺のフェロモンを受け入れて、カールに知られるのが怖いのか?」
手を引こうとしたが、彼はさらに強く引き寄せ、私を半歩ほど自分の方へと近づけた。
月光が彼の整った顎のラインに落ち、どこか執着めいた影を映し出す。
「まだ彼のことを考えているのか?」
アーサーの息が、モミの香りのフェロモンと共に私の耳元を掠める。
「君は今、痛みで冷や汗をかくほどなのに、彼はそれを知っているのか?」
「彼を少し苦しませただけだ」
「君が今感じている痛みに比べれば、彼の心の痛みなど一万分の一にも満たない」
「アーサー!」
私は必死にもがいたが、手首は彼にきつく掴まれたままだ。
「やめて」
彼はふっと笑ったが、その笑みは目の奥にまで届いていなかった。
「そんなに確信しているのか?カールが君の運命の相手だと」
彼の親指が、私の手首の内側の皮膚をそっと撫でる。
そこには淡いピンク色の印があった。月の女神が見守る中、カールが私に刻んだ、ルナとしての刻印だ。
「もしかしたら……俺こそが君の『メイト』かもしれない」
その言葉に、私は一瞬で凍りつき、呼吸さえも止まった。
顔を上げると、彼の視線とぶつかる。その瞳には、無念と、探るような色、
そして私を不安にさせる真剣さが宿っていた。
アーサーは私の恩師の息子で、私たちは昔からの知り合いだった。
彼が私に寄せる想いは、決して隠されることはなかった。
それが、私が彼を避けるようになった理由でもあった。
私は深く息を吸い、力任せに彼の手を振りほどいた。
枕元まで後ずさり、震えながらも毅然とした声で言った。
「アーサー、もうそんなことは言わないで」
「月の女神が間違うはずがない。これはカールがくれた刻印で、紛れもない事実よ」
彼はその場に立ったまま動かなかった。モミの香りが次第に薄れ、月光だけが彼の影を長く長く伸ばしていた。
数秒後、彼は低く笑った。その声には、どこか苦々しさが隠されている。
「月の女神は間違うはずがない、か……」
私は彼に答えず、ただ鎮痛剤を素早く飲み下した。
彼に背を向けてベッドに倒れ込み、頭まですっぽりと布団を被った。
アーサーがなぜあんなことを言ったのか、私には分からなかった。
アーサーは去らず、私のそばに立ち、静かに私を見守っていた。
不思議なことに、彼がそばにいるだけで、私の体は久しぶりにずっと楽になった。
私の中の「狼」も、異常なほど静かになっていた。
眠りに落ちる直前、アーサーのため息が聞こえた。
「なぜ、俺を見てくれないんだ?」
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