
彼の許しはもう手遅れ
章 3
東雲 暁詩 POV:
目の奥が、抑えることを覚えたいつもの痛みで熱くなった。
私は踵を返した。
彼らの小さな家族の輪が放つ、息の詰まるような温かさに窒息させられる前に、逃げ出したかった。
「暁詩、待って」
樹だった。
彼はドアの前で私を止め、その表情は読み取れなかった。
「杏奈がお前の研究論文を必要としてる」
彼は目を合わせずに言った。
「変性細胞の再生に関するやつだ。卒業論文の締め切りが近いんだが、あいつの体調じゃ…仕上げられない」
苦く、酸っぱい味が口の中に広がった。
腎臓だけじゃなかった。
婚約者だけじゃなかった。
彼らは私の頭脳も欲しがっていた。
物心ついた頃から、私は杏奈のゴーストライターだった。
彼女のエッセイを書き、プロジェクトをこなし、オンライン試験さえも私が受けた。
彼女は奨学金、称賛、誇らしげな両親からの賛辞といった報酬を享受し、私は見えない存在のままだった。
盗作は、私の業績の上に築かれた彼女の学歴全体の土台だった。
「お願いだ、暁詩」
母が駆け寄ってきて、そう口を挟んだ。
彼女は私の腕に手を置いた。その感触は、懇願と命令が奇妙に混じり合っていた。
「ただの論文じゃない。あなたの妹は、これまで本当に大変な思いをしてきたのよ。名誉卒業する資格はあの子にあるわ。それくらい、あなたにできる最低限のことでしょう」
最低限のこと。
私の命を差し出した後で。
私は無理に笑った。脆く、ひび割れたような笑顔だった。
「もちろん。杏奈のためなら、何でも」
もう一つ犠牲が増えたところで、何だというのだろう。
私はもうすぐいなくなる。
その時、支えを失った彼女はどうなるのだろうか。
その考えが、暗く、厳しい満足感をほんの少しだけもたらした。
「ありがとう」
樹が安堵のため息をつき、肩の力が抜けた。
彼はポケットからUSBメモリを取り出した。
私のUSBメモリ。
私の生涯の研究成果がすべて入っているものだ。
彼が私のアパートから盗んだに違いない。
彼らは、すべてを計画していたのだ。
枕の玉座に座る杏奈は、私に小さく、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
それは私がよく知っている表情だった。
勝者の顔だ。
樹は彼女のそばに戻り、身をかがめてその額にキスをした。
その仕草はあまりに親密で、優しさに満ちていて、まるで物理的な一撃のように感じられた。
熱く、猛烈な怒りが胃の中で渦を巻き、叫び出し、この無菌室をめちゃくちゃに引き裂きたいほどの衝動に駆られた。
だが私は、これまで他のすべての不正義、すべての侮辱、すべての奪われた人生の一部を飲み込んできたように、それも飲み込んだ。
私が部屋からそっと抜け出したことに、誰も気づかなかった。
彼らにとって、私は既に幽霊だったのだ。
アパートに戻り、私は掃除を始めた。
本を段ボールに詰め、古い写真を捨て、ベッドからシーツを剥いだ。
自分の痕跡をすべて消し去り、彼らが悼む、あるいはもっとありそうなことに、都合よく忘れるためのものを何も残したくなかった。
鋭い、刺すような痛みが腰を走り、私は息を呑んで壁に手をついた。
私の体は、今や急速に衰弱していた。
疲労は、振り払うことのできない重いマントのようだった。
私は本当に死ぬんだ。
その考えは、もはや恐ろしくはなかった。
ただの事実だった。
突然、ドアを激しく叩く音がして、私は飛び上がった。
ドアを開けると、そこに立っていたのは樹だった。その顔は冷たい怒りの仮面のようだった。
彼の後ろには両親が、そしてその間には、母の肩に顔をうずめてヒステリックに泣きじゃくる杏奈がいた。
「どうしてこんなことをした!」
樹は怒鳴りつけ、私を突き飛ばしてアパートに入ってきた。
彼はスマホを私の顔に突きつけた。
画面には学術系の掲示板が表示されており、杏奈の名前で私の論文が投稿され、コメント欄は罵詈雑言で埋め尽くされていた。
「お前の指導教官に言ったんだろ」
彼は怒りに震える声で非難した。
「あいつが盗作したって、みんなに言いふらしたんだ。お前は杏奈を破滅させるつもりか!」
杏奈の泣き声はさらに大きくなった。
「私が詐欺師だってネットに書いたのよ」
彼女は泣き叫んだ。
「嘘つきだって!もうみんなに嫌われちゃった!」
「心配しないで、可愛い子」
母は杏奈の頭越しに私を睨みつけながら、優しく言った。
「あの子に謝らせるから。ちゃんと元通りにさせるから」
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