フォローする
共有
離婚します、理由はミルクティー の小説カバー

離婚します、理由はミルクティー

大学教授である夫は、口数は少ないものの誠実で穏やかな人物だ。ある日、彼を迎えに行く途中で喉の渇きを覚えた私は、ミルクティーを買ってきてほしいと頼んだ。しかし、夫が差し出したのは「氷なし・甘さ控えめ」の一杯だった。それを見た瞬間、私は一口もつけることなく研究室のゴミ箱へ投げ捨て、「離婚しましょう」と告げた。あまりに突然の拒絶に、夫は呆然と立ち尽くす。その場に居合わせた新入りの博士課程の学生が、飲み物一つでそこまで怒らなくてもいいはずだと慌てて仲裁に入り、夫もまた「気に入らないなら買い直せばいいだろう」と困惑しながら眉をひそめた。だが、私の決意は揺るがない。なぜこれほどまでに心が冷め切ってしまったのか、その理由は夫には理解できないようだった。私は彼に背を向け、明日には離婚届を持ってくると言い残して研究室を後にした。些細なミルクティーの注文が、長年積み重なってきた夫婦の決定的な亀裂を浮き彫りにした瞬間だった。
共有

1

夫は大学教授である。

口下手だが実直で、穏やかな人だった。

彼の退勤を迎えにいく途中、喉が渇いたのでミルクティーを注文してもらった。

手渡されたのは、氷抜き・微糖のミルクティー。

私は一口も飲まず、それを彼の研究室のゴミ箱に叩き込んだ。

「沈南、離婚しましょう」

彼は呆然とし、心底不可解だという表情で聞き返した。「……何だって?」

彼が新しく受け持った博士課程の学生、林年年が間に入ってとりなす。

「たかがミルクティーじゃないですか。お気に召さないなら飲まなければいいのに。奥様も、そんなに意地悪なさらないでください」

沈南も眉をひそめた。

「江佳年、気に入らないなら買い直せばいいだろう。何をヒステリーを起こしているんだ」

私は背を向けて歩き出す。「明日、離婚協議書を持ってきます」

……

振り返っても、沈南は追いかけてこなかった。

林年年が、おずおずと彼の腕をつついた。

「沈先生、奥様が怒っていらっしゃいますよ。引き止めなくてよろしいのですか?」

沈南は鼻を鳴らし、苛立たしげに吐き捨てる。

「ミルクティー一杯で大袈裟な。彼女がどんな味を好むかなんて、知るものか」

「いつものことさ。離婚を切り出すのも初めてじゃない。放っておけばそのうち機嫌も直る」

林年年の口元に、微かな笑みが浮かぶ。彼女は沈南との距離をさらに詰めた。

風が二人の服の裾を弄び、まるで意思があるかのように絡み合わせる。

林年年の髪が乱れると、沈南は無意識にそれを彼女の耳にかけてやった。

二人の耳は、血が滴るほど赤く染まっていた。

まるで恋人のように親密なその仕草を、どちらも避ける素振りは見せない。

私は携帯を取り出し、弁護士をしている親友に電話をかけた。

「数日前に香港の企業からチームを率いてほしいと誘われたの。明後日には発つつもりよ」

親友は絶句し、驚きに満ちた声で言った。

「沈南には話したの? あなた、彼と遠距離恋愛なんて耐えられるの?」

私は肩をすくめ、乾いた笑いを漏らす。

「遠距離恋愛じゃない。離婚を切り出したの。だから、離婚協議書を作ってほしくて」

彼女は再び言葉を失い、やがて深いため息をついた。

「あなたたちみたいな模範的な夫婦でさえ、七年目のジンクスには勝てないのね……」

私と沈南は、かつて誰もが羨む理想のカップルだった。

大学一年の時から交際を始め、卒業と同時に結婚して、七年になる。

だから、彼のことは誰よりもよく分かっている。

彼はミルクティーなど飲まない。外食で注文する時も、いつも決まったメニューを選ぶだけ。

そんな彼が、ミルクティーを「氷抜き・微糖」と的確に選べるようになった。

理由は一つしかない。誰かのために、その味のミルクティーを何度も買ったことがあるからだ。

そして、その「誰か」が私ではなく、林年年であることも。

学生の一団が、楽しげに笑いながら私のそばを通り過ぎていく。噂話がやかましく耳に突き刺さった。

「林年年、また沈先生に研究室でマンツーマン指導だって。新入りであんなに可愛がられてるの、彼女が初めてじゃない?」

「しーっ、変なこと言わないでよ。沈先生は結婚してるんだから」

「奥さん、すごく気が強い人らしいよ。だから先生、毎日夜中まで研究室に籠もってるんじゃないかって」

「それって本当に、林年年がいるからじゃないの?」

ほら、誰の目にも明らかなのだ。彼の私に対する嫌悪と、林年年への偏愛は。

ただ彼一人が、それに気づいていないだけで。

帰宅して荷物をまとめていると、誤って机の上のノートに手が当たった。

ノートから、一枚の写真が滑り落ちる。

カラオケのミラーボールの下、彼と林年年がティッシュを口移しで破るゲームに興じている。周りでは人々が囃し立て、笑い声が響いていた。

猥雑で、刺激的な光景。

写真には無数の指紋がついており、沈南が何度も彼女の顔を指でなぞったことが見て取れた。

心臓を巨大な手に鷲掴みにされたような、息苦しいほどの痛みが襲った。

午前三時、ようやく沈南が帰宅した。その後ろには、千鳥足の若い女――林年年がいた。二人からはむっとするような酒の匂いが立ち込めている。

私が冷たい視線を送ると、林年年は駆け寄り、わざとらしい親密さで私の腕に絡みついた。

「奥様、今日ちょうど研究室の皆さんと食事会だったんです。でも沈先生、奥様のことでひどく落ち込んでいらして……。それで、私が残って少しお酒にお付き合いしたんです」

「そうしたら、すっかり遅くなってしまって。寮の門も閉まってしまったので、先生がここに一晩泊めてくださる、と」

「お邪魔しますね?」

私は腕を振りほどき、三歩後ろへ下がる。

「今日はホテルが大繁盛だったのかしら?どこも満室だったとでも?」

沈南は唇を固く結び、怒りを爆発させた。

「年年が、若い女の子が一人で夜中にホテルに泊まるなんて、君は平気なのか!?」

林年年は、沈南に向かって悲しそうに涙を二粒こぼしてみせる。

「奥様がご迷惑なら、私は大丈夫です。沈先生も、私のせいで奥様と喧嘩なさらないでください」

怒りが頂点に達し、乾いた笑いがこぼれた。

「沈南は妻帯者で、あなたたちは師弟関係でしょう?世間の目も気にせず夜中まで二人で酒を飲んでおいて、その言い方だと、まるで私が悪いみたいじゃない」

「彼女が心配なら、私が出て行けばいい。それで満足でしょう?」

アルコールのせいか、彼は初めて私に激しく怒鳴った。「出て行きたければ勝手に出て行け!二度と帰ってくるな!」

私は何も言わず、スーツケースを引いて家を出た。

もう二度と、ここへは戻らない。

おすすめの作品

6年後、私は別人として蘇る の小説カバー
9.5
街を騒がせた正体不明の「奥様」の素顔が暴かれた時、世間は驚愕に包まれた。彼女が犯した罪は、あの大富豪にとって忘れられない女性を車で轢いたという、故意の殺人未遂事件だった。刑務所に送られた彼女を待っていたのは、過酷な運命だった。夫である「あの人」が外で待ち続ける中、最終的に彼の手元に残されたのは、彼女の亡骸という報せと、一人の男の赤ん坊だけだった。しかし6年の歳月が流れ、死んだはずの彼女は再び姿を現す。かつての「奥様」という地位を捨て、別人として生まれ変わった彼女の傍らには、聡明で気品に満ちた幼い娘の姿があった。再会を果たしたかつての夫に対し、彼女は冷ややかな笑みを浮かべて告げる。「社長、私はすでに他の方の妻です。どうかご自重ください」と。空白の期間を経て、立場も状況も一変した二人の関係。過去の罪と因縁を背負いながら、別人として戻ってきた彼女の真意と、止まっていた時間が再び動き出す。愛と憎しみが交錯する、切なくも激しい再会の物語が幕を開ける。
捨てられた妻の華麗なる逆転 の小説カバー
9.5
夫と娘、そして夫の愛人。三人の睦まじい光景を目の当たりにしても、私の心は既に冷め切っていた。重度の蕎麦アレルギーを持つ私に対し、愛人は嘲笑を浮かべてクッキーを差し出す。アレルギー反応で呼吸困難に陥り、苦しみ悶える私を、夫は「演技はやめろ」と冷酷に切り捨てた。直後、足の痛みを装った愛人を抱きかかえ、彼は私を放置して去っていく。さらに、実の娘である結月までもが「早く死んじゃえばいいのに」と残酷な言葉を投げつけ、私を母親と認めようとはしなかった。薄れゆく意識の中で、命懸けで守ってきた家族にとって自分が不要な存在だったことを痛感する。自ら救急車を呼び、死の淵から生還した私は、迷うことなく離婚届に署名した。それから数年後、かつての地位も幸せも全て失い、無様に泣きついてきた元夫と娘。縋り付く彼らに対し、私は感情を殺した声で冷たく言い放つ。「私の人生から、今すぐ消えてください」。裏切りに満ちた過去を清算し、私は自らの足で新たな人生を歩み始める。
アルファの後継者、私の望まぬ心 の小説カバー
8.8
東京の社交界で「理想の夫婦」と称えられる蓮と佳乃。しかし、その実態は嘘に塗り固められた虚像だった。蓮は「自身の子供を宿す女性は必ず命を落とす」という奇妙な遺伝病を口実に、佳乃との間に子を設けようとしなかった。だが、父の遺言で後継者が必要になると、彼は佳乃に瓜二つの若い女性・亜梨沙を代理母として迎え入れる。次第に蓮の関心は亜梨沙へと移り、大切な記念日さえも蔑ろにされていく。不信感を募らせる佳乃がパーティーで耳にしたのは、妻を精神的な繋がりに過ぎないと切り捨て、愛人との情事こそが真実の炎だと豪語する夫の姿だった。かつて佳乃に誓った軽井沢の別荘で、彼は亜梨沙と極秘の結婚式を挙げ、新たな人生を歩もうとしていたのだ。裏切りの深さを知った佳乃は、絶望の淵で冷徹な決意を固める。出張から帰宅した夫に献身的な妻を演じながら、彼女は密かに「脱出」と「復讐」の準備を進めていた。佳乃が受話器の向こう側に求めたのは、標的をこの世から跡形もなく抹消する専門組織の力だった。完璧な嘘には、完璧な終わりが必要なのだ。
鳥籠の姪を抜け出し、真実の愛に嫁ぎます の小説カバー
7.9
養女として藤堂家に迎えられた柚月は、叔父である藤堂森に長年一途な恋心を抱き続けていた。彼にふさわしい女性になろうと献身的に尽くし、二十歳の節目に三度目の告白を決意する。しかし、そんな彼女を待っていたのは、森がかつて愛した女性・鈴木桜の帰国と、あまりに無慈悲な拒絶の言葉だった。「姪を愛する道理はない」「虫酸が走る」という冷酷な宣告に、柚月の心は完全に打ち砕かれる。絶望の果てに彼女が姿を消すと、皮肉にも森は執着という名の狂気に囚われていく。月日は流れ、二人は二階堂家の次期当主の結婚式で再会を果たす。そこには、純白のドレスを纏い、他人の花嫁として幸せそうに微笑む柚月の姿があった。かつての傲慢さを失い、充血した瞳で「行かないでくれ」と縋り付く森。だが、自分を「叔父様」と呼び、他人の妻になることを選んだ彼女の決意はもう揺るがない。過去の執着を断ち切り、真実の愛を掴み取ろうとする柚月と、失ってから初めて己の愚かさに気づき後悔に身を焼く男。運命が逆転した二人の、切なくも鮮やかな決別の物語。
元夫、復縁希望者リストの最後尾へ の小説カバー
8.5
家同士の都合で結ばれた政略結婚は、彼女にとって愛のない冷徹な日々の始まりに過ぎなかった。夫に従順な妻として振る舞い、存在感さえ消しかけていた彼女だったが、ついに離婚という決断を下す。束縛から解放された瞬間、彼女の秘めていた「真実」が静かに動き出した。そんな彼女の前に、かつての恋人が姿を現し「如 詩乃、俺は戻ってきた」と復縁を迫る。しかし、かつて彼を「天」と仰いでいた彼女の心は、すでに氷のように冷え切っていた。「義兄さん、自重して」という一蹴とともに、過去の未練を完全に断ち切る。新たな人生を歩み始め、別の愛の予感に包まれる彼女の姿を前に、かつての夫はただ呆然と立ち尽くすことしかできない。誰にも縛られず、自らの意志で輝きを取り戻した彼女は、もう二度と振り返ることはない。かつての支配者が復縁希望者の最後尾に並ぶことになろうとも、彼女の心が変わることはないのだ。自立した一人の女性として、彼女は未知なる幸福へと力強く踏み出していく。
偽の婚姻届で騙したクズ夫、見てなさい——私が嫁いだのは、あなたの比にならない大富豪でした。 の小説カバー
8.9
結婚から3年、早川寧寧は祝賀会の席で残酷な真実を突きつけられる。最愛の夫・川村真佑にとって、自分は新薬研究の道具でしかなく、二人の婚姻届さえ偽物だったのだ。真佑が正式に籍を入れていたのは幼なじみの雪乃であり、裏切りを知った寧寧は一切の未練を断ち切って彼の元を去る。しかし、絶望の淵にいた彼女を待っていたのは驚愕の運命だった。寧寧は華国の大富豪・松村隆一の実娘であることを知り、さらに手違いによって、アジア最大の富豪である星野拓海と入籍していたことが判明する。一方、寧寧が自分に縋り付くと高を括っていた真佑は、彼女の正体と新たな夫の存在を知り、己の愚かさを呪って泣き崩れる。「戻ってきてくれ」と懇願する真佑だったが、そこに絶対的権力者である拓海が現れた。拓海は寧寧を力強く抱き寄せ、絶望する真佑を冷徹に見下ろしながら言い放つ。「悪いが、この女は俺のものだ」。偽りの愛に翻弄されたヒロインが、真の富と愛を手に入れ、かつての夫を見返す逆転劇が幕を開ける。