
離婚した妻は"第7の顔"の持ち主でした~首都圏壊滅級のざまあ、元夫の復縁を意に介さず~
章 3
森川潤一は車窓の外に目をやり、奥様の姿を探すと、ふと目が輝いた。 「黒崎社長、奥様がいらっしゃいました」
その言葉に顔を上げた黒崎瑛斗は、スモークガラス越しに、天野汐凪がタクシーから降りてくる姿をはっきりと捉えた。
彼女は体に密着した赤いドレスをまとっており、そのシルエットが美しいプロポーションをくっきりと浮かび上がらせている。
丈は太ももの中ほどで、フリルを幾重にも重ねたバラの花のような裾が、歩くたびに軽やかに揺れていた。
ウエストをきつく絞ったデザインが、彼女の細い腰を一層際立たせ、背中に流れる長い髪が、艶やかな色気を添えていた。
滅多に汐凪と接する機会のない潤一は、これほど華やいだ彼女の姿に、思わず口が滑った。
「まるで天女が舞い降りたようで……」
瑛斗は潤一を一瞥し、鋭い目を向けた。 離婚初日にこんな格好で、いったい誰を誘惑するつもりだ?
そう考えていると、 携帯電話が震えた。 画面をスライドさせて受話口に当てるうち、
彼の表情は暗雲立ち込める空よりもさらに陰鬱に沈んでいった。
『本邸に戻る』
『え?では奥様は?』
『一緒に連れて行け』
車を降りた汐凪は、すぐにあのストレッチリムジンに気づいた。 降りて来ないというのは、わざわざ自分から出向けということか?
近づいて車窓をノックしようとしたその瞬間、後部座席のドアが開き、男の長い腕が伸びてきて、彼女をぐいっと車内へ引き込んだ。
次の瞬間、車は猛スピードで発進した。
シートに座り直す間もなく、強い加速に体を前方へ投げ出された汐凪は、男の股間めがけてまさに突っ伏さんばかりの姿勢に――。
顔よりも先に手が、男の“あそこ”を押さえつけてしまった。
手のひらに、かすかな弾力と熱が伝わり、思わず身を引く。 慌てて起き上がろうとして今度は頭を天井にぶつけ、痛みに顔を歪めた。
先ほどまでの優雅さはどこへやら、 彼女は頭を押さえながら息を詰まらせて言った。 「離婚届を出すんじゃなかったの? ここはどこに行くって言うの?」
潤一は耳をそばだてた。 まさか、社長は思い直したのだろうか?
やはり、奥様が長年社長のそばにいたのだから、何かしら感情はあるはずだ。
さっきのハプニングなどどこ吹く風とばかりに、瑛斗の顔は恐ろしいほどに険しかった。 「着けばわかる」
スーツのポケットからミントキャンディを取り出し、長い指で包装紙を剥がすと、それを口に放り込んだ。 舌の上で強く転がし、心の奥底で渦巻く暴虐的な感情を押し殺そうとするかのように。
何も言わない彼に、汐凪も黙って不機嫌そうな顔をし、うつむいて携帯電話でメッセージを打ち始めた。
一時間以上走り続け、車はある広大な敷地へと入っていった。
数十億円規模の土地を擁するその荘園には、築山や流れ、東屋や回廊が配され、中国風と西洋風の建築が見事に調和して佇んでいた。
メッセージを打ち終えて顔を上げた汐凪は、見慣れた景色に一瞬、目を見開いた。
「どうして私を本邸に連れてきたの?」
今日は二人の結婚三周年記念日。 黒崎幸一郎のしきたりなら、家族が揃って本邸で食事を共にする日だ。
しかし昨夜、瑛斗ははっきりと来るなと言った。 離婚届を提出するはずだった時間に、なぜ急にここへ?
ストレッチリムジンは湖畔の別荘前で止まった。 瑛斗は汐凪の手首を掴んで車から引きずり降りると、駆け寄ってくる顔色の変わった執事をよそに、風のように二階へと駆け上がった。
執事は走りながら報告する。 「奥様(老夫人)は今朝からずっとお目覚めにならず、ようやくお目覚めになったかと思えば、突然発作を起こされまして……!幸いにも黒崎幸一郎様がすぐに気づかれ、今は石川生哉先生が手術室で処置にあたっておられます」
「これで二度目でございます。 倒れた時は口と鼻から出血が……。 石川先生のお話では、臓器不全も伴っているようで、どうやら……」
二階の主寝室の前には、黒崎家の面々がほとんど集まっていた。
老夫人(黒崎玉蘭)は三人の子を産んだ。 長男の黒崎和彦は軍に属し、ほとんどを軍で過ごしている。
次男の黒崎宏志は瑛斗の父親で、かつては黒崎グループのマネージャーだったが、今は隠居同然。
三男の黒崎修己は金京市の市長を務め、現在は出張中だ。
瑛斗の姿を見るなり、宏志の妻である黒崎琴音が唇を歪めて言った。 「心もない人もいるものねえ。 家族の生死にも構わず、金の亡者と化しているんだから」
彼女は瑛斗の後ろにいる汐凪に目をやり、舌打ちを二度した。 「あら、まだ離婚も済んでいないのに、人を見ても挨拶一つできないの?身の程知らずにもほどがあるわ」
シルクのチャイナドレスを纏った彼女は腕を組み、完璧に仕上げた顔に露骨な不満を浮かべていた。
宏志が瑛斗に言った。 「瑛斗、 お前が家にいた頃、 おばあさまがどれほどお前を可愛がってくれたか、 忘れたのか? もう少し遅ければ、 最期にも立ち会えなかったぞ。 俺に言わせりゃ、お前があれだけの事業を抱え込む必要はない。 少しは手放したらどうだ」
瑛斗は彼らと口論している場合ではない。 黒崎幸一郎の前に進み出ると、声を潜めて尋ねた。 「おばあさまは……?」
黒崎幸一郎は白髪白髭、妻の病状に憔悴しきっていた。 皺の深い目は生気を失い、固く閉ざされた扉をただ見つめている。
「石川先生曰く……もう、難しいかもしれん、と」
老爺の声は震え、両手で瑛斗の腕を力一杯掴むと、嗚咽をこらえながら一言一言、絞り出すように言った。 「瑛斗……玉蘭が、逝ってしまう……」 腕を握る力は千鈞の重さがあった。
瑛斗は表情を強張らせ、声に苦渋を滲ませた。 「そんな……ありえない。 おばあさまはいつもお元気だった。 きっと大丈夫だ」
汐凪は扉前に集まる年長者たちに一人ずつ会釈をすると、瑛斗の後方に控え、両手を組んで心配そうに扉を見つめた。
老夫人も幸一郎と同じく、この孫嫁をずっと可愛がってくれていた。
瑛斗が離婚を目前に控えた彼女を連れてくるのは、こんな緊急事態の時だけだ。
しばらくして、扉が開き、白衣を着た石川生哉が現れた。
「奥様(老夫人)は危篤状態です。 我々は最善を尽くしましたが……。 ご家族の皆様、ご覚悟を。 どうか、ご準備を」
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