
初夜に部屋を間違えたら、冷徹な次期総帥に囲われました。
章 3
篠原琴音はベッドの上で1人膝を抱え、 かすかに体を震わせていた。
こんな大事なことを台無しにしてしまい、長谷川家の人々を怒らせてしまった。長谷川家は彼女と姉はどんな目に遭わされるんだろう。
昨日、姉もあの長谷川悠真に乱暴されたのだろうか。
もし長谷川家が怒って、彼女と姉を実家に送り返したらどうしよう。
琴音は心配のあまり眉をひそめ、小さな顔には焦りと不安が浮かんでいた。赤い跡だらけの体をベッドに縮こまらせる姿は、とても痛々しかった。
彰人がちょうど寝室に戻ってきた。こんな馬鹿げた事態は、彼自身も望んでいたわけではない。
ベッドの方へ目をやると、少女が呆然と座り込み、病気のように激しく震えているのが見えた。
昨夜、自分が歯止めを利かせられなかったことを思い出し、彼は彼女のもとへ歩み寄った。
「どこか具合でも悪いのか」
琴音は息を呑み、無意識に首を横に振った。喉がつかえて、すぐには声が出なかった。
彰人は彼女を一瞥し、淡々と言った。「起きてしまったことは仕方ない。まずは問題を解決するしかない。この件は両親に報告する」
「君の姉は絶対に長谷川家に嫁ぐ必要がある。だが、君については……」
「もし嫌なら、まとまったお金を渡して篠原家へ送り返してもいい……」
彼は若い娘を無理やりどうこうするつもりはなかった。そもそも篠原栞奈は縁起直しの意味合いもあって嫁いできたし、彼自身も身を固める年齢だった。
だが、琴音はついでだった。もし昨日、人が入れ替わっていると気づいていたら、彼は絶対に触れていなかった。
だが、彰人が言い終わる前に、少女は条件反射のように口を開いた。「嫌……帰りたくありません!」
もし帰れば、またあの老人のもとへ嫁がされる。
琴音は必死にすがるように言った。「帰りたくないんです、お願いします……言うことはなんでも聞きます、なんでもします ……私……早く妊娠もしますから……」
少女はベッドの上で膝立ちになり、髪を乱し、ひどく狼狽した様子だった。布団をきつく握りしめるその姿は、未来の夫に向き合う態度とは到底思えなかった。
彰人は数秒間、彼女を見つめた。
昨夜は彼自身も、一時的な衝動で彼女を長時間抱き潰すことになるとは思っていなかった。
彼女の体は彼と相性が良かった。だが、彼女はまだ幼すぎた。彼としては、問題に対処できないような娘を妻にはしたくなかった。
彼が求めているのは、家の面倒事を切り盛りしてくれる妻だ。目の前の少女は、厄介事を増やすだけだった。
「長谷川家の妻として、人付き合いは基本中の基本だ。君の姉にはできるが、君にできるのか」
琴音は動きを止めた。彼女は他人と話す時でさえ、おどおどして声が小さくなってしまう。
姉のようになりたいとは思っていた。しかし、幼い頃から言葉を間違えれば叩かれ、叩かれればさらに話せなくなっていった。
姉が一生守ってくれるわけではない。
「長谷川さん、私、学びます。一生懸命頑張りますから……」
「どうして俺が教えると思っているんだ」
彰人がそう言い放つと、少女の表情が明らかに暗く沈むのが見えた。まるで雨に濡れ、身を隠す場所を失った小動物のようで、彼はなぜか胸の奥が詰まるような感覚を覚えた。
わざと意地悪を言ったわけではなく、単に事実を述べただけだ。
長谷川悠真に嫁ぐのであれば、母親も彼女にそこまで高い要求はしないだろう。だが、彼に嫁ぐとなれば話は全く違ってくる。
長谷川家は一般的な家庭よりも環境が複雑だ。おどおどした少女に、どうやって人々と渡り合うかを一から教える忍耐力は、彼には確かに持ち合わせていなかった。
「この件は長谷川本邸に戻って両親に話す必要がある。服は人に持ってこさせた。もし両親の前でもそんな態度のままなら、長谷川家に嫁ぐ可能性はゼロだと思え」
彼ははっきりとは否定しなかった。。昨夜、彼女の体を奪ってしまったのは事実であり、こんなアクシデントは誰も望んでいなかったのだから。
男はそう言い残し、部屋を出て行った。
琴音はベッドの上で呆然と座り込んでいた。もし彰人の両親が同意してくれたら、彼女にもまだチャンスがあるのだろうか。
そう思うと、彼女は急いでベッドから起き上がった。
ドアが開き、外から1人の中年女性が入ってきた。琴音は無意識にベッドに引っ込もうとした。体の跡も恥ずかしかった。
だが、先ほどの彰人の言葉を思い出し……。
彼女は深呼吸をし、布団を掴んで大事な部分を隠しながら言った。「置……」
声を出そうとしたが、喉が嗄れていて、かすれたような音になった。
彼女は頑張って少しでも大きな声を出そうとした。
「そこに置いてください。自分で取りますから」
女性が出て行った後、琴音は慌てて服を取りに行こうとしたが、股の力が抜け、そのまま床に倒れ込んでしまった。
琴音は鼻の奥がツンとしたが、痛みを気にする暇もなく急いで立ち上がり、服を身に着けた。服は予想外にピッタリだった。
洗面台で顔を洗い、姿見の前に立つ。鏡の中の自分の顔色は相変わらず蒼白だったが、仕立ての良い白いワンピースのおかげで、少しはおとなしく従順に見え、辛うじて長谷川家の妻らしい姿になっていた。
彼女は鏡に向かって微笑む練習をしたが、どう見てもぎこちなく、無理をしているようにしか見えなかった。
その時、寝室のドアがノックされ、外から彰人の感情の読めない声が聞こえた。「準備はできたか」
琴音の心臓が激しく波打った。最後に鏡に映る、必死に平静を保とうとしている自分をもう1度見て、歩いて行きドアを開けた。
ドアの外に立つ彰人は、すでにシワ1つないダークスーツに着替えており、冷ややかで落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
彼は淡々と視線を走らせた。彼女の目には相変わらず怯えの色があったが、少なくとも身だしなみは整っており、立ち姿も必死に正そうとしていた。
「行くぞ」
琴音は足元がおぼつかなかったが、無理をして男の足取りについていった。
***
長谷川本邸。
琴音が彰人に続いて中に入ると、すでに姉が到着しているのに気づいた。
姉は別の若い男の隣に座っていた。その男は彰人と6、7割ほど顔立ちが似ていた。
彼女がそちらを見ると、栞奈もちょうどこちらを見ており、その目には心配の色が溢れていた。
悠真は、琴音の襟元の下にある薄いキスマークをいち早く見つけた。
彼は突然笑い声を上げた。沈黙した空気の中ではひどく唐突だったが、本人は全く気にしていない様子だった。
「兄さん、俺に返しに来たわけ??」
悠真は近づいてきて琴音を観察し、それから彰人のそばに寄った。
端正な顔立ちをしているのに、琴音はこの男の性格が最悪だと感じた。
「兄さん、この子がお気に召さないなら、2人とも俺にちょうだいよ」
彰人が冷ややかな視線を送ると、悠真は2秒ほど黙ってから言い返した。「くれないなら別にいいよ。兄さんのお下がりなんて、こっちから願い下げだし」
長谷川太郎は、この軽薄な次男を見て、そばにあった杖でコツコツと床を叩いた。
「これ以上ふざけた口を利いたら、その脚をへし折るぞ」
全員が席に着いた後、長谷川澄江が口を開いた。「昨日は一体どういうことだったの」
彼女の視線が、栞奈と琴音の上を通り過ぎた。
栞奈が先に答えようとしたが、澄江は一瞥してそれを制した。「妹に話させなさい」
琴音は無意識に立ち上がった。唾を飲み込み、震えを隠すために少し声を張った。
「申し訳ありません、長谷川夫人。昨日は私が車のナンバーを間違えて記憶していました。1234が彰人様の車だと思い込み、別の車に乗ってしまったんです」
彼女が言い終わると、リビングは静寂に包まれた。
澄江の鋭い視線が、琴音の蒼白な顔を値踏みするように見つめていた。
この娘はおどおどしているが、嘘はついていないし、責任逃れもしていない。
「勘違いしたと?」
澄江の淡々とした口調には、目に見えないプレッシャーが満ちていた。「こんな重要なことを、勘違いの一言で済ませるつもり?」
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