
婚約破棄、偽りの愛と真実
章 3
勇輝は, その夜も帰ってこなかった. 私は彼に問い詰めることはしなかった. もう, 問いただす気力もなかった.
ソーシャルメディアを開けば, 彼の動向は一目瞭然だった. 心穂の投稿には, 勇輝と彼女が一緒に病院を訪れ, その後, 彼女の実家を訪れる写真が何枚もアップされていた. 勇輝は, 心穂の家族と親しげに談笑し, 私が今まで見たことのないような, 優しい笑顔を浮かべていた.
私の胸に, 鋭い痛みが走る. 勇輝が私の実家を訪れたのは, たった一度きり. その時も, 彼はどこかよそよそしく, 形式的な態度だった. 彼の家族に対する態度の違いに, 私の心は深く傷ついた. 苦い液体が喉の奥に込み上げてくるのを, 必死で飲み込んだ.
私は携帯電話の電源を切った. もう, 何も見たくなかった. 何も聞きたくなかった.
友人たちに, 結婚式をキャンセルしたことを伝えた. 彼らは皆, 驚きを隠せないようだった. 勇輝は, もともと結婚式に乗り気ではなかった. 私が何度も説得して, ようやく小規模な式を挙げることに同意してくれたのだ.
「静世, どうして? あんなに楽しみにしていたのに! 」
友人たちの心配そうな顔を見るたびに, 私の心は締め付けられた. 二十年もの間, 育んできた感情を簡単に手放せるわけがない. しかし, この関係は最初から不均衡だったのだ.
私はずっと, 彼の背中を追いかけてきた. しかし, 彼は一度たりとも私を振り返ることはなかった. いつか彼の心が私に向くと信じ, 自らを欺いてきた. しかし, 心穂の出現が, その幻想を打ち砕いた. 勇輝は, 皆に冷淡なのではない. 愛する者に対しては, とことん優しくなれる人間なのだ. ただ, その相手が私ではなかった, というだけのことだ.
私は, 彼の人生のメインキャストではなかった. 脇役でさえなく, ただの背景に過ぎなかったのかもしれない.
何よりも, 私を深く傷つけたのは, 彼が私に隠れて心穂と「人工授精」に踏み切ったことだった. この結婚に, もはや私たちの未来は存在しない. 私は友人たちに, 真実を語ることはしなかった. ただ, 「仕事で海外に行くから, しばらく連絡が取れなくなる」とだけ告げた.
友人たちとの別れを惜しむように, 私はその夜, 彼らと最後の時間を過ごした. 笑って, 飲んで, まるで何もなかったかのように.
私が家に戻ると, ちょうど勇輝も帰ってきたところだった.
「お前, 酒臭いな. こんな時間まで, どこで何をしていたんだ? 」
彼の声には, 嫌悪感が滲んでいた. 心穂を気遣っているのだろうか. 私は何も言わず, 黙ってシャワーを浴びに行った.
バスルームから出てくると, 勇輝はソファに座り, 携帯電話を眺めていた. 画面には心穂からのメッセージが表示され, 彼はそれを見て, 優しい笑顔を浮かべている. その光景が, 私の心をまた深く刺した.
「静世, 話がある」
勇輝が突然, そう言った. 私は息を飲んだ. 前回, 彼が「話がある」と言ったのは, 心穂と子供のことだった. また, 嫌な予感がした. 彼の口から, 次にどんな言葉が飛び出すのか, 私は恐ろしかった.
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