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七年間尽くした秘書ですが、最強の御曹司と契約結婚します の小説カバー

七年間尽くした秘書ですが、最強の御曹司と契約結婚します

社長である高橋健の秘書として七年。私は公私ともに彼を支え、誰にも知られぬ秘密の恋人として全てを捧げてきた。しかし、その献身は最悪の形で裏切られる。健は突如、財閥令嬢との婚約を世間に発表したのだ。絶望する私に対し、彼は祖母の多額の医療費を人質に取り、あろうことか自らの結婚式の準備を命じる。さらに、嫉妬した令嬢の手で階段から突き落とされた際、血を流す私を放置して彼は保身のために令嬢を抱き寄せた。その瞬間、七年間の愛情は氷のように冷め、復讐の炎へと変わる。私は額の傷を拭い、健を凌駕する権力を持つ「最強の男」へ、ある決意を込めたメッセージを送った。「私と結婚していただけませんか」。迎えた健の結婚式当日。私は隣の式場を舞台に、彼が築き上げた全てを奪い去り、地獄の底へと突き落とすための華麗なる逆襲を開始する。捨て駒として扱われた女の、誇りを懸けた戦いが今始まる。
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「中村さん、お疲れ様」

同僚の声に、中村凛は作り慣れた完璧な微笑みを返した。給湯室の壁掛けテレビが、けたたましい音と共に緊急記者会見の映像に切り替わる。彼女の視線が、無意識にそちらへ引き寄せられた。

画面に映し出されたのは、高橋ホールディングスの若きトップ、高橋健。そして、その隣で腕を組むのは、伊藤財閥の令嬢、伊藤絢子。

凛の手の中で、紙コップがぐしゃりと歪んだ。熱いコーヒーが指にこぼれ、焼けるような痛みが走る。だが、それ以上に、心臓を直接掴まれたような衝撃が全身を貫いていた。

「この度の結婚は、政略などではありません。ここにいる絢子さんを、心から愛しています」

健が絢子に向けて微笑む。その言葉が、凛の鼓膜を突き破り、脳を揺さぶった。心臓が激しく波打ち、呼吸が浅くなる。まるで水中にいるかのように、周囲の音が遠のいていく。

「すごい、玉の輿だね!」

「美男美女でお似合いじゃない?」

同僚たちの無邪気な声が、凛を現実へと引き戻す。七年間。彼の秘書として、そして誰にも言えない地下の恋人として捧げてきた七年間が、今、この瞬間、数多のカメラの前で、完全に否定された。

全身から血の気が引いていくのがわかった。指先が氷のように冷たい。

「中村さんはどう思う?社長、素敵だよね」

話を振られ、凛は咄嗟に表情を引き締めた。唇の端に、完璧な角度の笑みを浮かべる。

「ええ、本当におめでたいことですね」

声が震えなかったことに、自分でも驚いた。

凛は給湯室から逃げるように廊下へ出た。一歩踏み出すごとに、膝が笑う。震える足取りを必死に制御しながら、自分のデスクへと向かった。

デスクの引き出しを開ける。中には、健とペアで買った万年筆のケースがあった。付き合い始めた頃、彼が「俺たちの契約の証だ」と笑って渡してくれたものだ。そのケースに触れようとした指が、裏切りの記憶のフラッシュバックに、びくりと跳ねて引っ込んだ。

その時、内線電話がけたたましく鳴り響いた。健の専用回線を示す赤いランプが、心臓の鼓動と同期するように点滅している。受話器を取るべきか、一瞬、体がこわばった。

意を決して受話器を取る。

「社長室へ」

健の冷淡な声。凛は唇を固く噛み締め、「はい」とだけ答えた。

電話を切り、凛はパソコンの画面を開いた。震える指で、辞表のフォーマットを呼び出す。退職理由の欄に、「一身上の都合」と打ち込んだ。

印刷機から吐き出された一枚の紙。そのあまりに軽い重みに、自分の七年間の青春の無力さを感じ、自嘲気味に息を吐いた。

辞表を白い封筒に丁寧に入れる。糊付けする際に手が滑り、端が少しだけ破れてしまった。だが、もうどうでもよかった。凛はそれを乱暴に鞄に押し込んだ。

鞄を手に秘書室を出る。重厚な絨毯が敷かれた廊下を歩き、社長室の重い木製のドアの前で立ち止まった。

ドアノブに手を掛ける直前、中から健と絢子の楽し気な笑い声が漏れ聞こえてきた。胸の奥に、ガラスの破片を押し込まれたような鋭い痛みが走る。

凛は深く息を吸い、感情の波を心の底に押し殺した。完璧な秘書の仮面を被り、静かにドアをノックする。

「入れ」

ドアを開けて入室すると、ソファで絢子が健の肩に寄りかかっている光景が目に飛び込んできた。凛は視線を一瞬、床に落とす。

健が凛の存在に気づき、絢子からすっと体を離した。冷徹な社長の顔に戻る。その切り替えの早さに、凛は胃のあたりが冷たくなるのを感じた。

絢子が立ち上がり、勝ち誇ったような笑みで凛に向かって歩み寄る。

「いつも健がお世話になっております。これからは、私が彼の妻になりますので、よろしくお願いいたしますね」

わざとらしい挨拶。マウンティングの意図が透けて見える。凛は無表情のまま、深く頭を下げた。

「ご婚約、おめでとうございます」

「じゃあ、私はこれで」

絢子は用事があると言って社長室を退出する。その際、すれ違いざまに、わざと凛の肩に強くぶつかってきた。凛の体が僅かに揺れる。

ドアが閉まり、部屋に二人きりになる。健はネクタイを少し緩めながら、一方的に弁明を始めた。

「さっきの会見は、伊藤財閥からの攻撃を回避するための企業防衛だ。お前も分かっているだろう」

凛は彼の言い訳を遮るように、鞄から辞表の入った封筒を取り出した。健のデスクの上に、静かに置く。

健は封筒の「辞表」という文字を見て、眉間に深い皺を刻んだ。

「なんだ、これは。感情的な当てつけか?」

冷笑が、彼の口元に浮かんでいる。

「いいえ。私の意思です。本日付で、退職させていただきます」

凛が静かな声でそう告げると、健の表情から笑みが消えた。苛立ちを隠そうともせず、デスクを拳で強く叩く。ドン、と鈍い音が部屋に響いた。

健は引き出しから分厚いファイルを取り出し、凛の足元に投げ捨てた。紙の束が床に散らばる。

「これが君の新しい任務だ」

冷酷な声だった。凛が床に落ちたファイルを拾い上げ、表紙を見る。そこには、「高橋健・伊藤絢子 結婚式進行プロジェクト」と書かれていた。息が、止まった。

「君の企画力と実行力は、社内でもトップクラスだ。俺の結婚式を、完璧にプロデュースしてくれ。それが、君の最後の仕事だ」

「……お断りします」

凛が絞り出した拒絶の言葉を、健は鼻で笑った。

「断れるとでも? 俺の言うことを聞かなければ、君がこの業界で二度と働けないようにすることだってできるんだぞ」

絶対的な権力差。逃げ道のない脅迫。

凛は握り締めた拳の爪が、手のひらに食い込む痛みを感じていた。その痛みだけが、屈辱に震える心を繋ぎとめている。

「……かしこまりました」

感情を完全に消し去った声で、凛は答えた。健は満足げに頷き、顎で退出を促す。

凛はファイルを抱えたまま、彼に背を向けた。ドアノブを握る手が、小刻みに震えている。

この男から、完全に自立する。

その決意だけが、今の凛を支える唯一の柱だった。

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