
裏切りの果て、私の離婚届
章 2
服部優花 POV:
莉結が花純を「新しいママ」と呼んだ瞬間, 私の体は崩れ落ちた. リビングの床に座り込み, 全てが終焉を迎えたことを悟った.
その夜, 私は一睡もできなかった. 頭の痛みよりも, 心の痛みが私を苛んだ.
私は過去を振り返っていた. 慎則と出会ってからの, 私の人生の全てを.
慎則は, 私にとって, 最初で最後の男性だった. 彼は私の世界を彩り, 私を愛してくれた.
誰もが認める才気あふれる振付師だった彼が, 初めて私に声をかけてきたあの日.
「君のバレエは, まるで夜空に咲く花のように美しい. 」
舞台の袖で, 彼は熱い眼差しで私を見つめていた. 私はその視線に戸惑い, 顔を赤らめた.
彼はそれから, 毎日私の楽屋に通い詰めた. 私の練習を見守り, 私を励まし, 私を褒め称えた.
彼は私のバレエへの情熱を理解し, 私の夢を応援してくれた.
慎則は, 私の生活リズムに合わせて, 自分の生活を変えてくれた. 夜遅くまで続くレッスンに付き添い, 早朝からの練習にも来てくれた.
彼は私と全く違うタイプの人間だった. 私は内向的で, 彼は社交的. 私は控えめで, 彼は情熱的.
それでも, 彼は私のために, 変わろうと努力してくれた.
「優花がいるから, 俺は強くなれる. 」
彼はそう言って, いつも私を抱きしめてくれた. 彼の腕の中にいると, 私は世界で一番幸せな人間だと感じた.
ある日のことだった. 私たちのバレエ団に火災が起きた. 練習中, 突然警報が鳴り響き, 煙が充満した.
私はパニックになり, 逃げ遅れてしまった. 炎が迫り, 熱と煙が私の呼吸を奪っていった.
その時, 慎則が私を助けに来てくれた. 彼は炎の中に飛び込み, 私を抱きかかえて外へと連れ出してくれた.
途中で, 崩れ落ちる梁から私を庇い, 彼は左腕に大火傷を負った.
病院のベッドで, 彼は私を見つめ, 弱々しく微笑んだ.
「優花, 無事でよかった. 」
彼の声は掠れていた. 私は涙を流しながら, 彼の傷だらけの腕を握りしめた.
「どうして…どうして私なんかを助けるために…」
私の言葉に, 彼は優しく微笑んだ.
「君を失うくらいなら, 俺の命なんて惜しくないさ. 」
その夜, 彼は私に告白した.
「優花, 俺と結婚してくれ. 一生, 君を守り続けるから. 」
彼のプロポーズは, まるで夢のようだった. 私は涙を流しながら, 彼のプロポーズを受け入れた.
私たちは最高峰のバレエ学校を卒業し, 結婚した. 彼は私の家族からの反対を押し切り, 私との結婚を選んでくれた.
私には両親がいなかった. 孤児として育った私を, 彼だけが大切にしてくれた.
私は彼と結婚して, 初めて「家族」という温かさを知った.
専業主婦として, 彼のキャリアを支えることに, 私は喜びを感じていた.
私が引退した時, 彼は言った.
「優花, これからは君が俺の人生の全てだ. 俺が君を幸せにする. 」
彼の言葉を信じていた. 私は, 彼と莉結の幸せのために, 自分の全てを捧げてきた.
しかし, いつからだろうか. 彼の態度は変わり始めた.
彼は多忙を理由に, 家に帰らないことが増えた. 私への関心も, 次第に薄れていった.
「俺の仕事は, 君には理解できない. 」
彼はそう言って, 私を突き放すようになった. 莉結も, 彼の影響を受けて, 私に反発するようになった.
「ママのせいで, パパは家に帰ってこないんだ! 」
莉結の言葉が, 私の心を深く傷つけた. 私は自分を責めた. 私が彼をもっと支えられていれば, 彼は変わらなかったのだろうか.
私は彼の機嫌を取ろうと必死になった. 彼のために, 新しい料理を勉強し, 彼好みの服を選んだ.
しかし, 彼の目には, もう私は映っていなかった.
私が彼の心を取り戻そうと必死だった頃, 私のもとに匿名で一本の電話がかかってきた.
「奥様, ご主人が他の女性と親密にしている動画があります. よろしければ, 送らせていただきますが. 」
私はその電話を, 最初は信じなかった. しかし, 好奇心に抗えず, 動画を受け取ってしまった.
その動画には, 慎則と花純が, まるで恋人同士のように抱き合っている姿が映っていた.
私の心は, 完全に砕け散った. 私が必死に彼を追いかけていた頃, 彼は別の女性と愛し合っていたのだ.
私が自己欺瞞の中で, 彼に尽くしていた頃, 彼は別の家庭を築いていたのだ.
その動画を見た瞬間, 私の人生は, 音を立てて崩れ落ちた.
「優花? 」
桃紗の声が, 私を現実に引き戻した. 彼女は私の目の前に, 数枚の書類を差し出している.
離婚届だった. 彼女は私の表情を見て, 何も言わなかった.
私は離婚届を手に取った. 慎則のサインは, 既に済まされていた.
私の指が, 署名欄をなぞる.
躊躇はなかった. 私の心は, 既に死んでいたのだから.
私はペンを握りしめ, 自分の名前を書き込んだ.
服部 優花.
書き終えた瞬間, 私の心に, 深い解放感が訪れた.
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