
裏切りの果て、私の離婚届
章 3
服部優花 POV:
慎則はそれから, ほとんど家に帰らなかった.
たまに来るメッセージは, いつも同じ内容だった.
「仕事が忙しい. しばらく帰れない. 」
私はもう, 彼の行方を尋ねることはしなかった. 彼の言葉に, 何の感情も抱かなかった.
私の心は, 深い海の底に沈んだかのように, 静まり返っていた.
私の日々は, 変わらず淡々と過ぎていった. 自分のことだけに集中し, 心を閉ざした.
莉結の誕生日が近づいてきた. かつては, 家族三人で盛大に祝っていたものだ.
慎則はいつも, 莉結のために最高のプレゼントを用意し, 私も手作りのケーキを焼いた.
しかし, 今年は違った. 慎則は誕生日にも帰ってこなかった.
莉結は不機嫌だった.
「パパがいないのは, ママのせいよ! 」
莉結はそう言って, 私を責めた. 私は何も言えなかった.
私は何度も慎則に電話をかけたが, 彼は一度出たきり, すぐに切ってしまった.
「忙しいんだ. 莉結の誕生日は, また今度ゆっくり祝ってやる. 」
彼の声は冷たかった. 私はため息をついた.
莉結はますます機嫌が悪くなった. 私は彼女のために, 慎則が気に入っていたブランドのバレエシューズを用意し, 心を込めてケーキを焼いた.
「莉結, お誕生日おめでとう. 」
私は莉結にプレゼントとケーキを差し出した. しかし, 莉結はそれを受け取ろうとしない.
「こんなもの, いらないわ! 」
莉結はプレゼントを床に叩きつけた. 新しいバレエシューズが, 音を立てて壊れた.
私の心臓が, 再び締め付けられる.
「どうしてママはいつもそうなの? ママのせいで, パパは家に帰ってこないんだ! 」
莉結の声は, 私を罵倒するものだった.
「パパは花純さんのことが好きだもん! ママはもう, パパの邪魔よ! 」
莉結の言葉が, 私の心を深く抉った.
「ママなんて, パパの足枷でしかないわ! パパが世界的な振付師になれたのも, 花純さんの支えがあったからよ! 」
莉結は私の目を真っ直ぐに見つめた. その瞳には, 憎悪が宿っていた.
「ママは, いつもパパのキャリアに嫉妬してたじゃない! 自分はもう踊れないからって! 」
彼女の言葉は, 私が最も隠したかった心の闇を暴いた.
「ママは, 自分に両親がいないからって, パパにばかり依存してる! 花純さんみたいに, 自立した女じゃないんだから! 」
莉結の言葉は, 私の心を砕き, 私を地面に叩きつけた.
「ママは, 何の取り柄もないくせに! 花純さんは, バレエも上手だし, パパの仕事も手伝えるし, 何よりパパを笑顔にできるんだから! 」
莉結の顔は, 憎悪と軽蔑に歪んでいた. その表情は, 7歳の子供とは思えないほど残酷だった.
その時, 莉結はテーブルの上の紙切れを掴み, 私に投げつけた.
「これ! パパと花純さんが用意したの! ママはこれにサインして, さっさと出て行って! 」
紙切れは私の足元に落ちた. 私は震える手でそれを拾い上げた.
それは, 莉結と私の「関係断絶書」だった.
莉結の稚拙な文字で書かれたその書類には, 「服部優花は, 星野莉結の母親ではない」と記されていた.
そして, その下には, 莉結の指紋が, まるで血判のように赤く押されていた.
私の心臓が, 激しい痛みに襲われる. 視界が真っ白になる.
「ママなんか, もういらないわ! 私の人生から消えてちょうだい! 」
莉結はそう叫ぶと, 自分の部屋へと走り去った. ドアが激しく閉まる音が, 私の耳を劈いた.
私はその場に立ち尽くしたまま, 動けなかった. 頭の痛みが, 再び私を襲う.
その時, 莉結の部屋から, 花純の声が聞こえてきた.
「莉結ちゃん, 大丈夫? ママがまた何か言ったの? 」
花純の甘ったるい声は, 私の心をさらに深く抉った.
「うん…ママが, 花純さんのこと悪く言うの…」
莉結の泣き声が聞こえてくる.
「大丈夫よ, 莉結ちゃん. 花純さんが莉結ちゃんの新しいママになってあげるから. 」
花純の声には, 確かな優越感がにじんでいた.
私は花純の言葉に, 全身の血の気が引いていくのを感じた. 私の体は, まるで氷のように冷たくなった.
私は莉結にとって, 本当に邪魔な存在だったのだろうか.
私が孤児として育ったから, 莉結は私を恥じているのだろうか.
私がバレエをやめて, 輝かしいキャリアを失ったから, 莉結は私を軽蔑しているのだろうか.
私が慎則の心を引き留められなかったから, 莉結は私を憎んでいるのだろうか.
私の存在は, 莉結を不幸にしているだけなのだろうか.
莉結は, 花純を, 私よりも深く愛している. それが, 全てだった.
私は乾いた笑みを浮かべた. 私の目からは, もう涙は流れなかった.
私はゆっくりと立ち上がり, 莉結の部屋のドアへと向かった. ドアの隙間から, 莉結が花純に抱きついているのが見えた.
私は静かにドアを閉めた.
そして, 莉結の部屋に置いてあった, 彼女への誕生日プレゼントの山に, あの「関係断絶書」をそっと忍ばせた.
「これで, 莉結は喜ぶわ. 」
私の声は, 私自身が驚くほど冷静だった.
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