
アルファの後継者、私の望まぬ心
章 3
佳乃 POV:
ここから出なければ。
ボールルームの空気は香水と嘘でむせ返り、窒息しそうだった。
私は言い訳をして、廊下の先にある静かなラウンジに向かった。
ドアに近づくと、むせ返るような匂いが鼻をついた。
蓮の匂い――松と冬の空気――が、亜梨沙の甘ったるい匂いと絡み合っていた。
彼らは、そこにいた。
一緒に。
私の足は床に凍りついた。
ドアのわずかな隙間から、彼らが見えた。
蓮は亜梨沙を壁に押し付け、彼女の髪に指を絡ませ、その口を貪るように塞いでいた。
それは優しいキスではなかった。
飢えた、必死の、野獣のようなキスだった。
そして、彼の声が聞こえた。
彼女にだけ向けられた、低い唸り声。
「佳乃と一緒にいるのは、俺の責任だ」
彼は彼女の唇に囁いた。
「お前と一緒にいるのは…本能だ」
彼はわずかに身を引くと、親指で彼女の頬を撫でた。
「俺のためにいい子でいてくれたら、お前が欲しがっていたあの珍しい黒真珠を買ってやる」
世界が傾いた。
自制心だとか、「血の呪い」だとか、慎重でなければならないとか、彼の話はすべて嘘だった。
彼は私のために自制していたのではなかった。
単に、私に惹かれていなかっただけだ。
こんな風には。
私はドアから後ずさった。
心臓が、胸の中で死んだ重りになった。
数分後、亜梨沙が出てきた。
唇は腫れ上がり、頬は紅潮していた。
彼女はそこに立っている私を見て、勝ち誇ったような小さな笑みを浮かべた。
彼女はまっすぐ私に歩み寄り、以前にはなかった自信に満ちた目で私を見つめた。
「佳乃さん」
彼女の声は、偽りの甘さに満ちていた。
「申し訳ないのですが、月の湧き水を一杯いただけますか?アルファのエネルギーで…とても喉が渇いてしまって」
それは権力誇示だった。
オメガが、未来のルナに給仕を頼むなんて。
私はただ彼女を見つめていた。
衝撃で頭が真っ白になった。
彼女が話しながら一歩後ろに下がった時、巨大な狼の氷の彫刻にぶつかった。
全体がぐらりと揺れた。
恐ろしい一瞬、それは宙に浮いているように見えた。
そして、それは崩れ落ちた。
カミソリのように鋭い氷の破片がシャワーのように床に飛び散った。
私は顔を守るために腕を上げたが、遅かった。
大きくてギザギザの破片が、私の額に叩きつけられた。
その衝撃で、私は足元をすくわれた。
白く燃えるような、目のくらむ激痛が頭を襲った。
私は大理石の床に激しく打ち付けられ、その衝撃で歯がガチガチと鳴った。
温かく、べたつく液体が顔を流れ落ち、視界を遮った。
血だ。
痛みの霞の中で、蓮がラウンジから駆け出してくるのが見えた。
混沌とした光景に、彼の目は見開かれた。
一瞬、希望に満ちた鼓動が鳴った。
彼は私のもとに駆け寄ってくると。
私は間違っていた。
彼は私を完全に無視し、その視線は数フィート離れた場所に凍りついている無傷の亜梨沙に注がれていた。
彼は彼女の前に身を投げ出し、まるで彼女こそが危険に晒されているかのように庇った。
「大丈夫か?赤ん坊は無事か?」
彼はアルファの命令(コマンド)の紛れもない力を含んだ声で怒鳴った。
彼は彼女の頭からつま先までを検分し、その手は彼女の平らな腹の上を彷徨っていた。
血の海に横たわる私を、完全に無視して。
パーティー全体が静まり返っていた。
誰もが見ていた。
アルファが、公式のパートナーが床で血を流している間に、愛人を守るのを。
私の視界の端がぼやけ始めた。
自分でも知らない力で、私は体を起こした。
彼を見なかった。
見ることができなかった。
頭を高く上げ、私はボールルームから歩き去った。
後ろには、血の跡が続いていた。
群れのメンバーたちの、哀れみと軽蔑の視線が、物理的な打撃のように感じられた。
群れの病院で、ヒーラーが私の額の傷を縫合している時、彼らを見た。
蓮は亜梨沙を同じ病院に連れてきていた。
彼は彼女を高級なVIP病棟に案内し、その腕を保護するように彼女の周りに回し、私にはもう聞こえない慰めの言葉を囁いていた。
彼は彼女を、貴重で、壊れやすい宝物のように扱っていた。
消毒液の匂いが鼻を焼く、その無菌の救急処置室に横たわりながら、私は最後の決断を下した。
姿を消すだけでは不十分だ。
この絆、この人生を、月の女神自身でさえ元に戻せないほど完全に断ち切らなければならない。
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