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天才外科医、記憶喪失の婚約者を治療中。 の小説カバー

天才外科医、記憶喪失の婚約者を治療中。

田舎の診療所で静かに働く竹内汐月。その正体は、かつて海外で「鬼の手」と称えられた伝説的な天才外科医である。彼女に恋い焦がれ、全てを捧げてその心を射止めたのは、若きエリートの清水晟暉だった。しかし、幸せの絶頂にいた二人を悲劇が襲う。不慮の交通事故により、晟暉は再起不能の宣告を受け、さらに汐月に関する全ての記憶を失ってしまったのだ。彼女は彼を救うべく、記憶のない彼との結婚を決意する。車椅子生活を余儀なくされ、深い劣等感から心を閉ざす晟暉は「君を好きになることはない」と突き放すが、汐月は微笑みを絶やさず、逃げ場のないほどの献身的な愛で彼を包み込んでいく。苛立ちに声を荒らげる彼を優しくなだめ、常に同じ目線で向き合い続ける彼女。眩い光のような彼女を前に、頑なだった晟暉の心は次第に揺れ動いていく。失われた記憶と自由な身体、そして一度は途絶えた愛の行方。天才外科医が、愛する人の心と身体を再生させていく至高の純愛物語。
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三月、北央市では次々と大きなニュースが報じられた。

一つは、北央市きっての富豪である清水家の長男、清水晟暉が交通事故で下半身不随になったこと。

もう一つは、名門の清水家が成金の竹内家と縁組みを決めたこと。

そして、その縁組みの相手が物議を醸していることだ。

男性側は、すでに下半身不随の清水晟暉。

女性側は、竹内家で田舎育ちの長女だという。

その頃、渦中の人物である竹内汐月はまだ田舎にいた。

彼女は居間に座っており、スマートフォンの通知が鳴った。

画面を一瞥すると、アシスタントからのメッセージだった。

「エヴリン、こちらに特殊な事情を抱えた患者様が。半年前からあなたを指名しておりまして、ご都合いかがでしょうか?」

汐月は白く細い指で電源ボタンを押し、画面を暗くした。彼女は俯き、その透き通った瞳には、言いようのない悲しみが宿っていた。

神の手――世界にその名を轟かせる名医でありながら、それが何になるというのだろう。

実の祖母さえ救えなかったのだ。やっとメスを握ることができたというのに、祖母はそれを待たずに逝ってしまった。

背後からは両親の寝室から口論が聞こえてくる。田舎の家は壁が薄く、声が筒抜けになるのだ。

「奈美、そんなに無理を言わないでくれ。母さんが亡くなったばかりで、葬儀も終わったばかりなのに、もう帰るなんて!」

「泰輝、会社には仕事が山積みだし、優桜の成人式も控えているのよ。死んだ人より大事じゃないって言うの? それに、汐月を連れ帰ったら、都会の作法を教え込まないと。あんな田舎娘が清水家に嫁いだら、私たち竹内家の恥になるわ!」

「奈美、田舎娘、田舎娘って言うのはやめてくれないか。 彼女だってお前の実の娘だろう!」

「実の娘じゃなかったら、わざわざ迎えに来るわけないじゃない!」奈美は鼻で笑った。

「……」

汐月は、フッと自嘲するように笑った。

これが、自分の生みの親なのだと。

両親は、しがない労働者から一歩一歩のし上がってきた。

当然、若い頃は働き詰めで彼女を育てる余裕などなく、生後一ヶ月で祖母に預けられた。

それでも、以前の両親は忙しいながらも、いつも彼女を気にかけてくれていた。

すべてが変わってしまったのは、いつからだったか。

事業が軌道に乗り、会社を設立し、彼女が7歳の時に妹が生まれた。

その時からだ。

両親の関心は薄れ、代わりに竹内家の事業は右肩上がりに成長し、やがて豪門の仲間入りを果たした。母が時折かけてくる電話では、いつも妹がどれほど一家の幸運の女神であるかを自慢げに語るだけで、汐月の勉強や健康については一言も尋ねなかった。

まるで、福をもたらす娘がいるのだと、世間に見せつけるためだけの電話のようだった。

妹が3歳の時、両親が一度だけ帰省したことがある。

その時、父は祖母と彼女を北央市へ連れて行きたいと提案したが、母の笑顔はひどくぎこちなかった。

その後、母が父に何を言ったのかは知らない。ただ、結局父が二人を連れて行くことはなかった。

都会へ戻った母は再び身ごもり、弟を産んだ。

それからというもの、夫婦の愛情はすべてその二人の子供に注がれた。仕送りはあったものの、この15年間、一度も帰ってくることはなかった。

祖母が亡くならなければ、彼らは自分に母親と娘がいることすら忘れていたかもしれない。

……

祖母の葬儀を終え、汐月は両親と共に北央市へ向かうことになった。

両親はまるで彼女を心から愛しているかのように、熱心な言葉で共に来るよう説得した。

汐月は彼らの目的を察していた。北央市のニュースなど、今やネットでいくらでも調べられるのだから。

北央市の邸宅に着く少し前、母の奈美が汐月に話しかけてきた。 「汐月、いいこと?どこの大学出たのか聞かれたら、景原医科大学の修士課程を卒業して、これから研修医になるところだって言うのよ…」

奈美は、娘が田舎の小さな診療所で働く医者だと思い込んでいた。碧山町は山間の小さな町だ。

大学にも行かず、地元の医者に手ほどきを受けた程度だろうと。

祖母が、汐月が医学を学んでいると話していたのを又聞きし、勝手にそう決めつけていたのだ。

景原医科大学の医学部は全国トップクラスであり、娘にそう名乗らせるのも自分の見栄のためだった。

でなければ、いずれ「竹内奈美の娘は田舎の診療所の医者」などと噂が広まり、笑いものにされてしまう。

汐月は微笑み、竹内奈美は本当に面子を大事にするが、彼女の娘のことを知ろうとはしないのだと感じた。

一ヶ月前、その景原医科大学から、学生たちの前で講演してほしいと招待されたばかりだというのに。

母親でありながら、娘の学業には一切無関心。一度、病気で主要二科目を欠席したせいで総合点が低かったと知るや、大学には到底受からないと決めつけた。

祖母が、彼女が名門校に合格した吉報を伝えようと電話をかけても、「仕事が忙しいから」と一方的に切られた。

彼らが関心を示さないのなら、と、祖母も彼女も、喜びを分かち合う気をなくしてしまった。

汐月は母を一瞥し、冷ややかに答えた。「私は景原医科大学の学生ではありません」

その四角四面な答えに、奈美は苛立った。融通の利かない、朴念仁。

もちろん、違うことくらい知っている。本当に景原医科大生なら、嘘をつけなどと言うはずがない。

実力もないくせに頑固で、外で話すのも恥ずかしい。

優桜とは大違いだ。見た目は汐月ほど華やかではないが、あの子は本当に優秀なのだから。

奈美が小言を言おうとしたその時、前の席に座る泰輝が軽く咳払いをしたため、彼女は口をつぐんだ。

仕事の話を避け、奈美は甘やかして育てた末娘の優桜を思い出し、声に甘さを含ませた。 「そうだ、妹は少しわがままに育っちゃったから、あなたが折れてあげてね。あの子、機嫌を損ねるとすぐご飯を食べなくなるんだから」

汐月は滑稽だと思った。もうすぐ18歳にもなるというのに、分別もないとは。確かに甘やかされすぎている。

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、車は豪華な邸宅の前に停まった。

汐月が先に車を降りる。

すると、JK制服を着た少女がこちらに駆け寄ってきた。竹内優桜だ。

「お父さん、お母さん、お帰りなさい!」

優桜は汐月を認めると、一瞬言葉を詰まらせ、探るような視線を向けた。

汐月はシンプルなクリーム色のパーカーに黄色のカジュアルパンツ、足元は白いスニーカーという出で立ちだ。

ごく普通の格好だが、彼女はっとするほど美しかった。整いすぎた目鼻立ちに、透き通るような白い肌。どこかクールで、それでいて雅やかな雰囲気を漂わせている。

とても田舎で育ったとは思えなかった。

優桜は、この人が竹内汐月なのだとわかっていた。自分と同じ両親から生まれながら、一度も共に暮らしたことのない姉。

この北央市の家で、優桜は常に「お嬢様」であり、両親の宝物だった。

汐月の突然の帰還は、優桜の心に得体の知れない不快感を呼び起こした。

「あら、優桜ったら、なんて格好で出てきたの!寒くないの?」 奈美は娘が薄いシャツ一枚なのを見て取ると、慌てて自分の上着を脱いでその肩にかけた。

「へへっ、平気だよ、お母さん」優桜は嬉しそうに母の腕に寄り添った。

母と娘の微笑ましい光景。だが、汐月がそれを経験したことは一度もなかった。

二人は楽しげに笑い合いながら家の中へ向かった。奈美は、長女が今日初めてこの家に来たことなど、すっかり忘れているようだった。

その途中、優桜が一度だけ汐月を振り返った。その瞳には、読み取れない感情が宿っていた。

泰輝も末娘の姿に顔をほころばせ、汐月に紹介する。 「あれが妹の優桜だ。あの子は本当に優秀でな、大学受験の成績がとても良くて、もう景原医科大学から合格通知も届いてるんだ…」

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