
禁欲系の大物が彼女を誘い込み、抱きしめて甘やかす。
章 3
「今夜は……お酒の席でしたし、皆さんのお手前、どうしても断りきれなくて……。 でも、もう二度といたしませんから」
璃奈がそう懇願しても、彼の端正な顔から氷のような険しさが消えることはなかった。 その硬い表情と、わずかな指先の動きから、彼が何を求めているのかを痛いほどに察してしまう。
彼女は反射的に視線を落とし、頬を染め、懇願するようにか細い声で尋ねた。 「お家に、帰ってからじゃ……だめ、ですか?」
「だめだ」
その声には有無を言わせぬ傲慢な響きがあり、拒絶という選択肢を初めから奪っていた。
抗う術もなく、璃奈は顔を赤らめながら、ためらいがちに震える指先を伸ばし、彼のシャツのボタンに触れた。 たった一つのボタンを外すのに、永遠とも思える時間が過ぎていった。
それに焦れたように、時任悠真は短く舌打ちをすると、大きな手で彼女のワンピースの合わせを力任せに解き払った。
胸元に走る冷気に、璃奈は小さく身を震わせる。 剥き出しの肌が、車内の冷えた空気に直接晒された。
今夜、彼女が纏っていたジンジャーイエローのラップワンピースは、彼がリボンを引くだけであっけなく解け、最後の抵抗も虚しく、下着もまた彼の貪るような手つきによって剥ぎ取られていく。
カチャリ、とベルトのバックルが外れる無機質な音が、狭い車内にやけに大きく響いた。 静寂を破るその音は、なぜかひどく官能的に耳に届く。
静まり返った無人の駐車場で、漆黒のランボルギーニが時折、微かな軋みとともに車体を揺らす。 漏れ聞こえるのは、男の低い呻きと、女のか細い喘ぎ声。 それは夜の闇に溶けて、どこまでも淫靡に響いた。
窓の外を涼やかな夜風が撫でていくのとは対照的に、閉ざされた車内の空気は、二人の熱でじっとりと湿度を増していく。 乱れた璃奈の髪が悠真の胸をかすめるたび、甘い戦慄が肌を駆け上る。 絡み合う視線の先で、抑えきれない情欲の炎が揺らめいていた。
屈辱と快感に顔を真っ赤に染めながらも、彼によって掻き立てられた熱を、璃奈はもはや抑えることができなかった。 思考が蕩けていく中で、突き上げられる体の動きに合わせ、彼の逞しい首筋に腕を回してしがみつくのが精一杯だった。
悠真は彼女の柔らかな鎖骨に、罰を与えるかのように軽く歯を立てる。 甘い痛みに、璃奈はくっと息を詰めた。
ようやく解放されると思った矢先、悠真は不意に彼女の体を反転させ、シートの背もたれに強く押し付けた。 そして、さらに深く、激しい攻勢が始まる。
霞む視界の中、かろうじて目を開けると、すぐ間近にある男の顔は憎らしいほどに眉目秀麗で、その瞳の奥には、理性の箍が外れた濃密な欲望が渦巻いていた。
どれほどの時間が過ぎたのだろう。 璃奈は快感の後の倦怠感に身を委ね、瞼を上げる力さえ残っていなかった。
悠真は手早く身なりを整えると、ぐったりとした璃奈の体を自分のジャケットで隙間なく包み込み、壊れ物を扱うようにそっと抱き上げて車から降ろした。
家に戻る頃には、璃奈は意識を失うように深く眠り込んでいた。 透き通るような白い肌には玉の汗が浮かび、形の良い眉は苦しげに寄せられ、時折、魘されるように「やめて」と小さな寝言が漏れた。
先ほどの行為で、やはり彼女を傷つけてしまったのだろうか。
悠真は璃奈を抱きかかえたまま浴室へ向かい、温い湯で彼女の体を清めると、再びベッドへと運び、柔らかなシーツの上にそっと横たえた。
自らも手早くシャワーを浴び、バスローブを羽織ってリビングの床まで続く大きな窓の前に立つ。 慣れた手つきで一本の煙草に火をつけると、立ち上る紫煙が彼の表情を曖昧にぼかしていく。
秘書の井上陽介からだった。 「時任社長、スターライト・エンタメの者が、社長のことを調査している模様です」
今夜、璃奈と言い争っていた男――佐伯蓮司の顔が脳裏をよぎり、悠真の顎のラインが、より一層硬く引き締まった。 短い沈黙の後、「わかった」とだけ告げて通話を切る。
三年前、璃奈は佐伯と別れ、その後、彼と電撃結婚した。 あの佐伯が、このタイミングで戻ってくるとは。
二人の関係は、結婚する前から知っていた。
彼は、肺を満たした煙を静かに吐き出した。 本来なら、まだ出張先にいるはずだった。 だが、佐伯蓮司が東都に帰国したという一報を受け、あらゆる予定をキャンセルし、夜を徹して駆け戻ってきたのだ。
ホテルのエントランスで、案の定、二人はもみ合っていた。 かつて璃奈は、あれほどまでに佐伯を愛していた。 佐伯の帰国が、燻っていた残り火に再び油を注ぐことになるのではないか?
間接照明が落とす影の中、悠真の表情は窺い知れず、その瞳の奥に宿る昏い光は、ゆらめく紫煙の向こうに隠されていた。
――
一夜が明け、 空が白み始める頃。
璃奈はぐっすり眠っていて、朝九時になってやっとゆっくり目を覚ました。
気だるい体を引きずるように寝室を出ると、ダイニングテーブルには、珍しく悠真が座っていた。
まだ会社へ行っていなかったの? いつもなら、 この時間にはもう家にはいないはずなのに。
璃奈は唇をきゅっと結び、昨夜の余韻が残る気だるい足取りでテーブルへ向かうと、そこには既に温かな朝食が並べられていた。
璃奈の気配に気づいたのか、悠真は作業していたノートパソコンを静かに閉じると、彼女に視線を移し、いつもと変わらぬ平坦な声で言った。 「起きたのか。 朝食だ」
璃奈が音を立てずに隣の席に着くと、まるで気配を読んでいたかのように使用人が現れ、二人の前にそっと粟粥の椀を置いた。
音ひとつ立てない彼の食べ方は洗練されていて優雅そのもので、食事中に言葉を交わすことはほとんどない。
やがて、いつものように使用人が一冊の週刊誌を悠真の傍らに置いた。 朝食をとりながらゴシップ誌に目を通すのが、彼の習慣だった。
何気なく横目で見ただけだったが、璃奈の視線は、その表紙に釘付けになった。
そこに写し出された光景に、あまりにも見覚えがあったからだ。
璃奈の凍りついたような視線に気づき、悠真もまた雑誌を手に取った。
そして、冷ややかな瞳でその扇情的な見出しに目を通した。 『スターライト・エンタメ新社長と初恋の彼女が再会、熱愛復活か』
それは、昨夜ホテルの前で佐伯蓮司ともみ合っていたまさにその瞬間を切り取った一枚だった。 佐伯の顔は鮮明に写っているのに対し、璃奈はうつむいた横顔だけだ。 だが、彼女を知る者が見れば、それが誰であるかは一目瞭然だった。
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