
離婚4ヶ月、妊娠7ヶ月の妻
章 3
「彼女にはウェルダンを」
「ありがとうございます」
彼女は小さな声で感謝を告げた。
食事の間、二人はほとんど口をきかず、まるで見知らぬ人と同じテーブルに座っているみたいだった。
食事を終えると、彼は優雅に唇を拭った。菜々子は少し躊躇いながらも、あの夜のことを話す決意を固めた。
「拓真さん……」
「菜々子さん……」
二人は同時に口を開いた。
菜々子は彼を見つめ、胸を高鳴らせながらも、「あなたからどうぞ」と先を譲った。
彼は一切のためらいもなく口を開いた。
「菜々子さん、離婚しよう」
短く放たれたその言葉が、彼女の頭の中で何度も何度も反響した。
『菜々子──』
『離婚しよう──』
使用人が差し出した離婚届には、すでに彼の署名があり、その筆跡は力強く、まるで書道家のように整っていた。
だが、彼女にはもうそれを鑑賞する余裕などなかった。
離婚で最も重要なのは、財産の分配だ。
書類をざっと目で追うと、彼女名義の不動産が二軒残っている。ひとつは商業用、もうひとつは自宅。どちらも立地は抜群で、価値は数億を軽く超える。 さらに、慰謝料として1億円が支払われることに加え、小さな会社も一つあった。毎年数千万の利益を生み出しているという。
考えてみれば、たった一度の夜を代償にしたとしても、決して悪い条件ではなかった。
それでも、なぜ拓真が離婚を言い出したのか、どうしても気になってしまう。
協議書を閉じると、彼女は勇気を振り絞り、初めて彼の目をじっと見つめた。
拓真は、その視線を避けることなく受け止めた。
彼にとって、初めて彼女の顔をじっくり見る瞬間だった。手のひらに収まりそうな小さな顔に、黒い宝石のように透き通った瞳がはめ込まれていて、まるで吸い込まれそうだった。
その瞳には少しの曇りもなく、透き通る泉のように清らかで、思わず見入ってしまった。
彼女は細くて、神崎家ではろくに食べさせてもらえなかったんじゃないかと思うほど。見ているだけで胸が締め付けられる。
彼女の体つきは──暗闇の中で出会った、あの子の体つきと重なって見えた。
もし本当に彼女に出会えたら、きっと少しふっくらさせてあげたいと思った。
痩せすぎている姿は、ただただ心を締めつけたから。
「失礼ですが……なぜですか?」
「悪いけど、もう心は別の人にある」
彼は迷いなく、静かにそう答えた。
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