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この愛を、生涯の君と の小説カバー

この愛を、生涯の君と

黒田玄也に尽くし続けた三年間。森川清緒が得たものは、世間からの冷笑だけだった。夫から「仕事か離婚か」と非情な選択を突きつけられた彼女は、迷わず別れを選び、一人の女性として再生することを誓う。かつての彼女は、誰もが羨む美貌と類まれな才覚を併せ持つ「森川医薬」の正当な後継者だった。本来の自分を取り戻した清緒の前に、かつての夫は一族を連れて跪き、復縁を求めて懇願する。しかし、彼女の背後には規格外の家系が控えていた。財界を牛耳る父、名医として頂点に立つ母、裏表の顔を持つ溺愛気味の兄、そして芸能界の重鎮である弟。さらに、千億の遺産を背景に持ち、毒舌ながらも清緒にだけは甘い顔を見せる「宿敵」の存在までが彼女を支えていた。圧倒的な財力と権力を持つ家族、そして執着を見せる宿敵に囲まれ、清緒は華麗なる逆転劇を演じていく。無価値だと思われていた元妻が、実は手の届かない至高の存在であったと知った時、黒田の運命は大きく狂い始める。愛を捨て、誇りを選んだ令嬢の新たな人生が今、幕を開ける。
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3

清緒は荷物ひとつ持たず、そのまま黒田家を出た。

背後では、使用人たちが噂話に花を咲かせていた。

「ったく――離婚だなんて言ってたくせに、結局手ぶらじゃん。 気を引こうとしてるだけでしょ。芝居するならもっと上手くやれよ」

「全くだ。気高いフリして、結局は若旦那の金目当てで黒田家に嫁いだくせに。噂じゃ、これだけ長く一緒にいて一度も若旦那と寝てないらしいぜ」

「寝てなくて正解よ。あんな性根の腐った女、玄也様には釣り合わないわ。どうせ賭けてもいいけど、絶対離婚なんてしないって」

「私もそう思う。あの人の産婦人科部長の肩書きなんて、大した給料じゃないでしょ。格好つけてるだけよ、そのうち仕事辞めて和子様のお側に戻ってくるに決まってるわ」

「口だけは達者なんだから。根性あるなら本当に離婚してみろっての」

「……」

嘲りと悪意の言葉は、清緒の遠ざかる後ろ姿と共に、次第に空気の中に消えていった。

彼女の状態は最悪だった。長引く高熱で体はボロボロだ。

長年の医師としての経験から、自分の体力が限界に達していることがわかった。

ふらつく体を必死に支え、タクシーを待つ。

その時だ。

冷たい風が巻き起こり、冷気をまとったセダンが彼女のすぐそばをかすめ去った。

反応が鈍っていた清緒はとっさに一歩下がり、顔を上げたその一瞬、黒いセダンの窓に玄也の鋭い横顔が一閃と瞬いた。

窓が静かに上がり、彼女の視線を遮断した。

彼女は呆然とした後、心が砕けたように笑った。

丸三年、誠意を尽くして築いた結婚が、今やこれか。仇のような扱いを受けるとは、何という滑稽だろう。

車がカーブを曲がる際。

運転手がバックミラーでふらつく彼女の姿を一瞥した。「社長、奥様は具合が悪そうに見えますが。家の前で倒れても困りますし、社会面ニュースになっても体裁が悪いです」

玄也は閉じていた目をゆっくりと開け、その瞳は氷のように冷たかった。「あいつのせいで和子は流産したんだ。この罪は、今すぐ死んだとしても償いきれるものじゃない」

運転手は玄也に見えないところで口元を歪め、平静な声で答えた。「承知いたしました」

次の瞬間、車は交通の流れに合流していった。

炎天下、清緒の体は今にも崩れ落ちそうだった。脱水症状で唇はひび割れそうに乾いていた。

なんとか意識を保とうと、頭を振ったが、めまいは増すばかり。足が地に着かなかった。

一瞬、心臓の鼓動が激しく暴走し、胸を押さえても息ができなかった。

顔を上げた瞬間、天地がぐるりと逆さになった。

その時、体がふわりと軽くなった気がした。木の梢から落ち葉が舞い落ちる中、霞む視界の先に、凛とした顔立ちが見えた。

どこか懐かしい顔だった。

目を開けようと努力したが、あまりにも疲れ果てていた。まぶたが落ちる直前、確かに誰かに呼ばれた気がした。「清緒!」

小山晴子が電話を受けて病院に到着した時、清緒はすでに昏睡状態だった。

顔は紙のように真っ白だった。

無意識のうちに体は震え、額からは冷や汗が滝のように流れ落ち、まるで死の淵にいるようだった。

産婦人科の同僚たちが駆け寄ってきた。

院長は、ベッドに無力に横たわる清緒を見て、胸が痛むと同時に、怒りが込み上げてきた。「あれだけの輸血をした上に手術を続け、そして自分が倒れる時はタクシーか!?しかも病院の玄関先で!黒田家は人間のすることか!」

看護師長は怒りで爆発寸前になり、和子の病室の方角を指差して罵った。「黒田家の人間は恥を知らないの!?私たちの主任をこんなに痛めつけて、金持ちだからって何様よ!」

科の同僚たちは憤慨した表情で、清緒を病室へと運んでいった。

清緒の高熱は一晩中続き、体が弱っていたため、目を覚ました時も力なくベッドの背にもたれかかっていた。

彼女は虚ろな目で宙を見つめ、昨日の出来事が走馬灯のようによみがえってくる。

思い出すにつれ、じわりと目頭が熱くなってくる。三年分の時間。静かな夜に何度も優しくしてくれたあの人が、大人になってこれほどまでに自分を傷つけるなんて。

清緒は膝を抱え、鼻をすすりながら静かに涙を流した。

真心を捧げれば、真心で返してくれると思っていた。

努力して、従順でいれば、氷のような心もいつか溶けると思っていた。

女の独りよがりなんて、本当に命取りだ!

「バカだ」と周りに言われても仕方がない。今思えば、「間抜け」と言っても足りないくらいだ。

再び目を覚ますと、外はすっかり明るくなっていた。

寝汗が気持ち悪く、清緒が着替えを済ませると、晴子と一緒に同僚たちが入ってきた。

晴子は温かい朝食を手に持っている。

「先生、目が覚めたんだ」晴子は胸をなで下ろし、大きく息を吐いた。「死ぬほど心配しましたよ! もう少しで、お葬式に来るところだったわよ!」

清緒は大げさだと感じて、わずかに笑った。「もう大丈夫」

「主任、安心して休んでください。数日間は私たちが交代で病棟を見ますから。何も考えず、全部私たちに任せてください」同じ科の小野が熱く語った。

仁生病院の心臓外科は、清緒が来てから業務レベルが飛躍的に向上した。その後、和子の妊娠を機に彼女は産婦人科部長に異動したのだった。

外部からの部長就任に、当初は反発も少なくなかった。特に古参の医師たちは。

しかし、わずか数例の手術を見学しただけで、誰もがその手腕に心服した。清緒の赴任以来、仁生病院産婦人科はわずか数ヶ月で国内有数の実績を誇る科へと変貌し、手術成功率は99%に達したのだ。

みんな彼女を心から尊敬している。

小野の言葉に、同僚たちは深く頷いて賛同した。

清緒は頷き、みんなを職場に戻らせた後、 ベッドの脇にいる晴子に言った。「私のスマホは?」

晴子は鋭い目つきで警戒した。「先生、また黒田玄也に電話するつもりですか?冷たくあしらわれるだけなのに」

晴子は当時、玄也の車が清緒の横を猛スピードで通り過ぎるのを見て、怒りで爆発しそうだったのだ。

清緒が玄也の悪口を嫌うのを知っているため、晴子はブツブツと呟く。「あいつに会いに行くにしても、体が治ってからにしてくださいよ。じゃないと、『血液バンク』が務まりませんから」

(血液バンク、か)

清緒は一瞬眉をひそめたが、やはり力なく笑った。この表現は――。

かなり的確だ。

「違うわ。ネットのニュースを見たいの」

和子のいつものパターンなら、子どもを失った以上、まずは被害者アピールに走るに違いない。

それから、黒田家の前で涙ながらに「私が無責任でした」と演じるだろう。

昨日、和子が「薬に細工をされた」と言ったのなら、黒田家の中だけで収まる話ではないはずだ。

以前は「清緒ちゃん」と親しげに呼んでおきながら、裏ではこんな罠を張っていたのだ。

みんなの前では無邪気役を演じ、メイド同然に使いながら三年間も治療させておいて、体が安定したと見るや、ここで足を引っ張って陥れた。

スマホに溢れる通知が、清緒の予想を裏付けていた。

「見ても気分が悪くなるだけよ」晴子は心底うんざりしていた。「前から言ってるじゃない、あの宮沢和子はろくな女じゃないって。腹黒すぎる。清緒みたいな真正直な性格じゃ太刀打ちできないって。あの時も『根はいい子だから』なんて言ってたけど、見てよ、ネットじゃ先生が『悪女』扱いされているよ!」

「あの黒田玄也も脳みそ空っぽの豚野郎よ!社長なんだって?あの脳ミソで社長が務まるんなら、社長なんて誰でもできるわ!」

清緒は返事せず、うつむいてスマホを見続けた。

ネットを埋め尽くすニュースは、玄也や黒田家には触れず、矛先はすべて彼女と仁生病院に向けられていた。

医者は名誉を重んじる。

清緒は自分の評判などどうなっても構わなかった。しかし、仁生病院の名誉が傷つくのは許せない。

和子のこの一手は、根底から断つような陰湿極まりないやり方だ!

だが和子は知らない。清緒には彼女を治す腕があるが、同時に、瞬時に命を奪う腕もあることを。そもそも先天性心疾患は、気分が良いからといって完治したわけではないのだ!

長期間の養生が必要な病気だ。そうでなければ、心臓病で亡くなる患者などこの世にいない。

清緒は自分の一途な愛情が滑稽に思えると同時に、和子の無知さにも笑いが込み上げてきた。

傍に立っていた晴子は、清緒の冷ややかな笑みを見て、鳥肌が立つ思いがした。彼女は慌てて言った。「先生、ど、どうかしました?」

「ショックを受けたなら、まあ、後で挽回すればいいじゃないですか。その笑い方、なんかすごく怖いんですけど!」

「はいはい、分かりました。私が悪かったです。怒らないでください。もう黒田玄也と宮沢和子の悪口をしませんから」

清緒は顔を上げ、ビクビクしている晴子を見た。これまで自分が玄也を庇ってきたせいで、晴子にそんな気を使わせてしまったのだと悟った。

喉が渇いて痛んだが、彼女はゆっくりと、丁寧に言葉を紡いだ。「いや……晴子の言う通りだと思うよ」

清緒はそう言い捨てると、コップの水を飲み干し、ベッドに横になって休息に戻った。

雷に打たれたように、驚愕の表情で固まっている晴子を置き去りにして。

(先生が――)

(まさか、本当にキャラ変わった?)

(私が黒田を罵ったのに、褒められた?) !!!!!

晴子は急いで窓の外を覗き込んだ。

(今日の太陽は、東から昇ったんだよな?)

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