
夫の親友に、略奪される。
章 3
「あなたが一番望んでいることじゃないの?」
学生時代、彼ら三人は友人同士だった。しかし、彼女が年彦と付き合い始めてからというもの、理玖の態度は一変した。
彼女が年彦と結婚した際には、さらに多くの皮肉を浴びせられたものだ。
「最初から合わないって言っただろ。お前が勝手に痛い目を見に行ったんだ」
「人生まだまだこれからだってのに、年彦がなんでよりによって、お前みたいなひねくれた女に執着しなきゃいけないんだ?」
この数年、彼のトゲのある物言いには随分と慣れているつもりだったが、まさかここへ来てさらに記録を更新してくるとは思わなかった。
亜実は彼を睨みつけた。「誰がひねくれた女よ」
理玖は口角を上げて笑い、それ以上は何も言わなかった。
なぜか急に、彼のご機嫌が良くなったようだ。
キャビン内が沈黙に包まれる。微かな無重力感に、亜実は思わず拳を握りしめ、掌にはじわりと汗が滲んできた。
ヘリコプターは急上昇と急降下を繰り返し、ジェットコースター以上のスリルがある。
亜実はとうとう耐えきれずに悲鳴を上げ、その合間に彼への悪態をいくつか挟んだ。
「理玖、わざとやってるでしょ!」
男は速度を落とし、少ししゃがれた声で言った。
「もう離婚を切り出したのか?」
亜実は唇を固く結び、答える気配を見せなかった。
何しろ彼と年彦は親友同士だ。裏で告げ口されないとも限らない。
再びキャビンに沈黙が落ちたかと思うと、ヘリが急加速し、彼女は思わず声を上げた。
「切り出したのか?」
悪戯が成功して満足げな隣の男を恨めしそうに睨みつけ、彼女は仕方なく口を開いた。
「彼にはまだ言ってないわ」
その言葉を聞いて、男の表情がわずかに冷たくなったように感じた。
「でも、離婚協議書にはもうサインした」 亜実は落ち着いた声で言った。
その声が波紋を広げ、男の瞳の奥に一瞬だけ喜びの光が閃いたが、それはすぐに消え去った。
「亜実、お前は俺が思っていたよりずっと決断力があるな」
それは貶しているようでもあり、褒めているようでもあった。
亜実は乾いた笑いを漏らし、質問には答えずにはぐらかした。「少し速度を落として。景色が見たいの」
空からの景色は想像以上に美しく、慣れてくると無重力感も消えていった。
「そいつの浮気相手の名前は?」
理玖がふいに口を開き、静寂を破った。
亜実は眉をひそめた。「なんでそんなこと聞くの?横取りでもする気?」
「考えすぎだ。年彦がそこまで骨抜きにされるなんて、お前よりよっぽどいい女なのか見てみたいだけさ」 彼は皮肉たっぷりに言いながらも、その視線はどこか熱を帯びて彼女に注がれている。
亜実は思わず彼に冷ややかな一瞥を投げ、心の中で毒づいた。
理玖は、彼女が年彦と付き合い始めた頃からずっとこうだった。事情を知らない人が見たら、親友を奪われて拗ねているかのように見えるだろう。
彼女の知る限り、彼はゲイではないはずだ。それなのに、どうして二人の関係のこととなると、いつもこんなにトゲがあるのだろう?
「黙ってないと死ぬ病気なの?」
「私がブスだって言いたいわけ?」
「理玖、もし目を治すお金がないなら言いなさいよ。元同級生で、今はかろうじて友達ってよしみで、援助してあげるから」
その言葉に理玖は吹き出し、首をこちらに向けて面白そうに彼女を見つめた。
「年彦は、お前が他人の前でこんなに強気だって知ってるのか? どうしてお前は、俺の前と年彦の前でこうも違うんだ?」
この何年もの間、亜実は年彦の前でずっと優しくて善良で、気が利く妻を演じてきた。だからこそ、彼はあんなにも安心して外でその辺の女を囲っていられるのだ。
彼女を馬鹿にして、手のひらの上で転がしているつもりなのだろう。
「あなただって同じでしょ。他人の前ではクールでストイックなフリをしてるじゃない」
亜実はそう言って唇を軽く噛んだが、頭の中にはまだ彼の言葉が響いている。
そうだ。もし年彦が彼女の本来の性格を知っていたら、あんなに愛してくれただろうか?
彼が愛していたのは、ただの扱いやすい都合のいい女に過ぎなかったのだ。
「弁護士は見つけたのか?」
「離婚訴訟に強い弁護士を知ってる。紹介しようか?」
理玖の静かな声が耳元で響いた。どこか探りを入れるような響きが混じっている。
「年彦にバラされても怖くないの?」亜実は横目で彼を見て聞いた。
「せっかく助けてやろうってのに。いらないならいいさ」
理玖の声は淡々としていて、何の感情も読み取れなかった。
突然の親切な申し出に、亜実は少し戸惑った。
「理玖、時々本当に分からなくなるわ。あなた、本当に年彦のこと親友だと思ってる?」
親友の結婚をこれほど必死になって壊そうとする人間を、彼女は初めて見た。
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