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愛執の代償~許さず、戻らず、振り返らず~ の小説カバー

愛執の代償~許さず、戻らず、振り返らず~

新井裕美は幼少期から、天野健吾の妻になる未来を疑わずに生きてきた。彼に愛される良妻となるため、本来の自由奔放な性格を押し殺し、ダンスや礼儀作法を身につけ、すべての情熱を彼一人に捧げてきたのだ。共に白髪になるまで歩む未来を夢見ていた彼女だったが、健吾から返ってきたのは度重なる無視と冷酷な仕打ちだけだった。決定打となったのは、命の危機にさらされた際に見捨てられたこと。彼に愛がないと悟った裕美は、ついに決別を決意する。本来の自分を取り戻した彼女は、裏切りへの復讐を遂行しながら、没落寸前だった実家を社交界の頂点へと返り咲かせた。今や世界を股にかける彼女の視界に、健吾の姿はない。焦燥感に駆られた健吾は、充血した目で彼女に復縁を乞うが、扉の向こうから現れたのは裕美ではなく、彼の叔父であり社交界の真の支配者だった。バスローブ姿の叔父の首筋には、生々しい情事の痕が刻まれている。彼は余裕に満ちた低音で、絶望する甥に言い放った。「これからは彼女を『叔母上』と呼ぶがいい」と。
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3

数多くの事業を手掛ける天野家において、当主である祖父が最も目をかけているのは天野龍之介だ。

だが、龍之介は天野家の事業を継ぐことを拒み続けていた。 幼い頃から、一族の醜い争いと騙し合いを見せつけられてきたからだろう。

彼自身もまた、その泥沼の中で深く傷つけられた被害者の一人だった。

だから彼は、自らの力だけで国内外に巨大な資産チェーンを築き上げ、独自の帝国を作り上げたのだ。

十八歳の成人式を終えた後、天野家と新井家の間で結婚の時期が取り決められた。

それ以来、彼女が龍之介に会う機会は激減し、祖父が彼のことをするときはいつも「忙しい」の一言だった。

たかが学園祭の演劇ごとき、たとえ理事長が直々に頭を下げて頼み込んだとしても、彼のような大物が動くはずがない。

「それが重要か?」

男は沈んだ瞳で裕美を見つめる。 本当にその答えを知りたいのかと、真剣に問いかけているようだった。

実のところ、裕美は、自分のあまりにも間抜けな行動をごまかすために、もっともらしい質問を口にしたに過ぎない。

天野龍之介のスケジュールに口出しできるような立場ではないことなど、彼女自身が一番よくわかっていた。

彼にそう問われ、裕美はすぐに縮み上がった。

「いえ、重要じゃありません」

男の濃く、わずかに反った睫毛が伏せられ、瞳の奥の感情を覆い隠す。 彼はふいと顔を背け、それきり口を閉ざしてしまった。

車は最寄りの私立病院に滑り込んだ。

ただの擦り傷を治療するためだけに、外科部長とトップクラスの整形外科医までが招集された。

二人がかりの診察の末、下された最終診断は「ただの擦り傷。ダンスに支障なし」。

まるで国宝級のパンダのように丁重に扱われる自分が恥ずかしくて、裕美の顔はどんどん赤く火照っていった。

医師たちが退出すると、裕美は看護師から綿棒、消毒液、ガーゼを受け取った。使い捨て手袋をはめながら、彼女は言った。「叔父様、手のひらを差し出してください。絶対に触れませんから」

先ほど看護師が手当てをしようとした際、彼はそれを拒絶していた。

だがこの傷は、自分を助けたときにできたものだ。見て見ぬふりをして済ませることなど、彼女の良心が許さなかった。

何度か説得しなければならないと覚悟していたが、意外にも男は素直に彼女の前へ手を差し出した。

彼女は細心の注意を払って処置を行い、ガーゼを巻く際も指一本触れることはなかった。

完璧だ!

彼女はほっと息を吐き、顔を上げて男に向かってにっこりと微笑んだ。 その輝く瞳は澄み切り、先ほど大講堂で置き去りにされた時の絶望感は消え去っていた。

「行くぞ」

龍之介は視線を逸らし、先に診察室を出て行った。

これ以上、龍之介に迷惑をかけるつもりはない。裕美は道端に立ち止まり、彼に向かって手を振った。

「叔父様、さようなら」

男は振り返り、気づかれないほどわずかに眉をひそめた。

「学校には戻らないのか?」

裕美が答えようとしたその時、ポケットの中のスマホが震えた。

画面を見ると知らない番号だったので、彼女はそのまま着信を切った。

男の視線が、彼女の手元のスマホに向けられた。「どこへ行く? 俺が送ろう」

再びスマホが鳴る。今度は電話ではなく、ショートメッセージだった。

裕美はメッセージに目を通すと、途端に顔色を変えた。すぐに顔を上げて言う。「叔父様、私、まだ用事があるのを忘れていました。今日は本当にありがとうございました」

運よく、病院へ患者を送り届けたばかりのタクシーが空車になった。 裕美はすぐに乗り込み、ドアを閉めてから、龍之介に向かって笑顔で手を振った。

彼女には見えていなかった。脇に垂らした手の平をそっと拳に握りしめているのを。

その力強さに、白いガーゼには滲み出た血の雫が点々と赤い染みを作っていた。

車が病院を離れると、裕美は運転手に行き先を告げた。

道具係の人間からリークがあったのだ。 「莉奈が照明の配線に細工しているのをこの目で見た」と。

さらに、舞台設営の作業員を買収し、いくつかの支柱を意図的に撤去させたという情報まであった。

情報提供者は「直接会って取引したい。金と引き換えに証拠動画を渡す」と言ってきた。

健吾の裏切りは裕美の心を冷え込ませたが、だからといって、この濡れ衣を着せられたまま泣き寝入りするつもりは毛頭なかった。

バーの薄暗い個室には、柄の悪そうな男たちが六人座っていた。 その中の一人は、確かに小道具係のスタッフだった。

裕美は単刀直入に切り出した。「物はどこにあるの? 確認できたら、六十万円すぐに振り込むわ」

新井家は天野家ほどの富豪ではないが、金に困っているわけではない。

これくらいの金額なら、彼女の小遣いの範囲内だ。

「宮崎のやり方は本当にえげつないんだ。俺さえ見てられないよ」 男はタブレットを取り出して差し出した。「ルールを決めようぜ。お前が宮崎を倒せるかどうかに関わらず、このドアを出たらお互い口外無用だ。俺のことをチクるんじゃねえぞ」

裕美は頷き、差し出されたグラスを受け取った。軽く乾杯し、一気に飲み干す。

タブレットのロックが解除され、画面上のフォルダには容量の大きな動画ファイルが一つ入っていた。

彼女はすぐに再生ボタンを押し、同時に自分のスマホを取り出して、重要な場面を直接録画する準備をした。

だが、画面に映し出されたのは――あまりにも卑猥で下劣な映像だった。裕美は驚きのあまりタブレットを放り投げた。

個室にいた男たちが一斉に下卑た笑い声を上げる。

部屋の隅に転がったタブレットからは、男の汚い言葉と女の淫らな喘ぎ声が最大音量で流れ続け、耳を汚していく。

裕美は踵を返してドアへ向かったが、髪をすぐに乱暴に掴まれた。

「お嬢ちゃん、今夜は帰さないぜ……ぐはっ!」

鋭い一本背負いが決まり、不意を突かれた男は宙を舞って床に叩きつけられた。

全員が呆気にとられている隙に、裕美は出口へ向かって駆け出した。 だが、ドアノブに手が届く直前――突然、猛烈な熱波が全身を襲った。両足から一瞬にして力が抜け、彼女はその場に崩れ落ちた。

テーブルに叩きつけられたチンピラが、頭をさすりながら悪態をつく。

「腕は立つようだが、残念だったな。俺の薬は通常の三倍量だ。十分もすれば、お前は完全に発情した雌犬になって、兄さんたちにヤらせてくれって泣いて頼むようになるぜ!」

裕美は立ち上がろうとしたが、体が言うことを聞かない。 目の前で揺らめく男たちの影が歪み、狂ったような笑い声が響く。誰かがベルトを外す金属音が聞こえた。

後悔と絶望が彼女を飲み込む。無力に後ずさりすることしかできない。 その時――「ドガンッ!」目の前のドアが蹴破られた。

逆光の中、松のようにすらりと伸びた男のシルエットが浮かび上がる。 彼は疾風のように踏み込み、彼女を抱き上げた。

薄れゆく意識の中で、彼女は見た。 仙人のように冷たく美しい顔が、凄まじい殺気を纏っているのを。それはまるで、修羅の道に堕ちた神のようだった。

「叔父様……助けて……!」

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