
裏切りの夫と愛人、女将の復讐
章 3
萌紗が離れに入居してから数日後, 私は自分の部屋に閉じこもっていた. 萌紗は, 毎日律儀に私の部屋を訪ねてきては, 「一緒に夕食をいかがですか? 」と, 甘ったるい声で誘ってきた. そのたびに, 私は「結構です」と, 冷たくあしらった.
ある晩, また萌紗が私の部屋の前に現れた. 私は, ドア越しに彼女の声を聞いていた. 「亮美様, そろそろお食事の時間ですよ. お一人で召し上がるのは, 寂しいでしょう? 」
私は, 返事をしなかった. すると, 萌紗は, 私の部屋のドアの前で, すすり泣き始めた. その声は, わざとらしく, 私を苛立たせた.
「亮美様, どうして私をそんなに嫌うのですか? 私, 何か悪いことをしましたか? 」
「萌紗, どうしたんだ? 」竜一の声が, 廊下から聞こえてきた.
萌紗は, 泣き声を大きくした. 「竜一さん…亮美様が, 私のことを罵倒するんです. 私が悪い子だから, 一緒に食事もしてくれないって…」
私の心臓が, 怒りで爆発しそうになった. この女は, どこまで私を愚弄するつもりだ.
私は, 勢いよくドアを開けた. 萌紗は, 私の顔を見て, 一瞬怯んだ. だが, すぐに涙を流し, 竜一の腕に抱きついた.
「亮美, 一体何をしているんだ! 萌紗をいじめるんじゃない! 」竜一の声は, 怒りに満ちていた.
「いじめているのは, どちらでしょう? 」私の声は, 私自身が驚くほど冷静だった.
萌紗は, 竜一の影に隠れながら, 私に小さな包みを差し出した. 「亮美様, これ…お詫びの品です. どうか, 受け取ってください. 」
その包みの中には, 安物のアクセサリーが入っているのが分かった. 私は, その包みを受け取ろうとしなかった.
「お詫び? 何の? 」私は, 萌紗をまっすぐ見据えた. 「あなたが, 私の夫を奪い, 私の家を乗っ取ろうとしていることの, お詫びですか? 」
萌紗は, 竜一にしがみついた. 「竜一さん…亮美様が, 怖いです. 」
竜一は, 萌紗を抱きしめ, 私を睨んだ. 「亮美, いい加減にしろ! 萌紗は, お前を気遣って…! 」
「気遣い? 私を気遣うのなら, 私の前から消えてみせてはいかが? 」私の言葉は, 萌紗の心を突き刺した.
萌紗は, 竜一の腕から離れ, 私の前に進み出た. 「亮美様…どうして, そんなひどいことを言うんですか? 私, ただ, あなたと仲良くしたいだけなのに…」
彼女は, 再び泣き始めた. その涙は, 私には演技にしか見えなかった.
「亮美! 」竜一の怒声が, 廊下に響き渡った. 彼の右手が, 私の頬を打ち据えた.
私の頬が, 焼けるように熱くなった. 私は, 竜一をまっすぐ見据えた. 彼の目には, 私への憎しみと, 萌紗への庇護が混じっていた.
「お前は, 本当に化け物だ! 萌紗は, 傷ついているんだぞ! この, 冷酷な女! 」竜一の声は, 私を罵倒した.
私は, 彼の言葉に, 心の中で冷笑した. 化け物? 冷酷な女? そうかもしれない. だが, そうさせたのは, あなただ.
私の心の中で, 何かが音を立てて砕け散った. もう, 彼との間に, 何の感情も残っていなかった.
私の右手が, 竜一の頬を打ち据えた. 乾いた音が, 廊下に響き渡った.
竜一は, 驚いたように私を見た. 彼の頬には, 私の手の跡が赤く残っていた.
「化け物? 冷酷な女? 」私の声は, 低く, 冷たい. 「あなたに, そんなことを言う資格はありません. 私は, 土屋亮美. この土屋旅館の女将です. あなたに, 私を殴る権利などない. 」
「亮美! お前, 何を…! 」義母の声が, 興奮気味に聞こえてきた.
義両親が, 廊下に駆けつけてきた. 義母は, 私の頬に手を当てようとした. だが, 私はその手を振り払った.
「亮美様, 申し訳ありません. 竜一が悪かった. どうか, 萌紗ちゃんのためにも…」義母の声は, 私をなだめようとしていた.
「萌紗のため? 」私は, 義母をまっすぐ見据えた. 「あなた方は, 萌紗のためなら, 私をいくらでも傷つけてもいいとでも思っているのですか? 」
「亮美! お前, いい加減にしろ! 」竜一が, 私に掴みかかろうとした.
私は, 彼の目をまっすぐ見据えた. 「あなたに, 私を止めることはできません. もう, すべてが終わったのです. 」
私は, その場を後にした. 私の心は, もう何も感じなかった.
翌朝, 私は早朝から旅館を出た. 従業員たちの目には, 私への同情と, 萌紗への嫌悪が混じっていた.
「亮美様, 萌紗さんが, 昨晩から大声で騒いでいましたよ. 『亮美様は, 私をいじめる. 亮美様は, 私の赤ちゃんを呪っている』と. 」番頭の田中さんが, 私に耳打ちした.
私は, 冷笑した. あの女は, どこまで私を悪者に仕立て上げようとするのだろう.
「亮美様, お体に気をつけて. 何かあれば, すぐに連絡してください. 」田中さんの言葉は, 私を温かく包み込んだ.
私は, 頷いた. 私の心の中には, もう迷いはなかった.
オフィスに着くと, 私は秘書を呼んだ. 「田中さん, 西浜竜一のすべての業務を停止してください. そして, 彼を会社から追放してください. 」
秘書は, 驚いたように私を見た. 「亮美様, それは…」
「彼の経営コンサルタントとしての職務をすべて解除し, 彼の名義で契約されているすべての契約を破棄してください. 彼が, この旅館に関わるすべての権利を剥奪してください. 」私の声は, 冷徹だった.
秘書は, 私の言葉に頷いた. 「承知いたしました. 」
私は, もう迷わない. 彼らに, 私の怒りを見せてやるだろう.
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