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口がきけない花嫁と傲慢社長のすれ違い の小説カバー

口がきけない花嫁と傲慢社長のすれ違い

名ばかりの「夫人」として過ごした三年間。周囲から見放され、裏切られ続けた彼女にとって、夫だけが唯一の希望だった。しかし、信じていた彼との生活で待っていたのは、心身を削るような苦痛の日々。最愛の我が子を死産という悲劇で失い、夫の愛人からは露骨な挑発を受ける。あまりに深い絶望を味わった彼女は、もはや誰も愛さないと心に決め、感情を閉ざしてしまった。一方、彼女を意のままに操れる所有物だと思い込んでいた夫は、別れを告げ背を向ける彼女の姿に激しく動揺する。必死に繋ぎ止めようとする彼に対し、彼女は「私たちの関係はとうに終わった」と冷徹に言い放つのだった。涙を浮かべながら、過去の過ちを悔い、関係の修復を懇願する夫。その真摯な姿を前にして、彼女の心は激しく揺れ動く。自分自身の本当の気持ちに従うため、彼女は人生で最後となる大きな決断を下す。これが最後だと自分に言い聞かせ、もう一度だけ、愛という名の残酷で美しい物語に向き合うことを決意したのだった。
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浴室の水音で、熟睡していた佐本清祢は目を覚ました。彼女は布団をかぶって、必死に昨日の出来事を思い出そうとした。

まさに昨日、長年恋人だった婚約者の東海林昭慶と婚約披露宴を催したのだ。

儀式は盛大で、招待客も多く、全員が佐本家と東海林家の取引先ばかりだった。

夜、昭慶の友人たちがパーティーを開き、彼女は話すことができず、断る術を知らないため、しきりに飲まされた。

最後の記憶は、婚約者の昭慶が自分を最上階のプレジデンシャルスイートに送り届けてくれたことだった。

浴室の水音が止まった。男は無造作にバスタオルを一枚腰に巻いただけの姿で、湯気の中から現れた。引き締まった肩幅に細い腰。鍛え上げられた筋肉を水滴が伝い落ちていく。

清祢は、恥ずかしさのあまり顔をそむけ、昨晩の激しい情景を思い出さないよう努めた。

「起きたか?」加賀見芳成は眉を上げ、清祢に視線を送る。その白い頬にまだ淡い朱が残り、指先で触れれば壊れてしまいそうなほど柔らかくて、目が離せない。

この声は……違う!

清祢は勢いよく顔を上げて男を見た。野性に満ちた、漆黒の深い切れ長の瞳と視線がぶつかる。

彼女は恐怖で顔面蒼白になり、相手の顔をはっきりと認識した瞬間、頭の中がバッと真っ白になった。涙がぽたっと滴った。

彼女は全身を震わせ、涙をぽろぽろとこぼす。絶望と無力感が血液より先に全身を駆け巡り、目の前の男に手話で何度も問いかけるしかなかった。

「あなたは誰?」

「どうしてここにいるの?」

「昨晩の相手は、あなたなの?」

この女は唖なのか?芳成の目に一瞬驚きがよぎった。

どうりで昨晩、ただ黙って涙を流すだけだったわけだ。

芳成は彼女をじっと見つめ、その視線が彼女の体を這う。目の奥に宿る感情は、ますます読み取りにくくなっていった。

芳成は深呼吸する。こめかみがピクピクと引きつり、怒りがこみ上げてきた。彼は帰国したばかりだというのに、昨晩は幼馴染たちにさんざん飲まされた挙げ句、ルームキーを押し付けられ、失恋祝いのプレゼントだと聞かされていた。

部屋で、二人ともかなり飲んでいた。この女の方から先にキスしてきたのだと、彼ははっきりと覚えている。

芳成はこの女にどう対応したものかと思いつつ、軽蔑するように口角を上げた。「手話は分からない」

彼女は服を着終え、男の前に立った。

芳成は脇に立ち、彼女が一瞬気を失ったように見えたのを見逃さなかった。窓から差し込む光に照らされた女を、そっと目で測っている。 小さな瓜実顔に、憂いを帯びた瞳。さくらんぼのように赤く、わずかに腫れた唇。長い髪が自然に乱れて胸元に垂れ、肌は光を放つように白い。顔には化粧の痕跡が残り、目は真っ赤に泣き腫らされている。みすぼらしい姿だが、確かに美しかった。

どうりであんなにぎこちなかったわけだ。芳成は無意識に喉仏を上下させた。

彼女が立ち去る気配がないのを見て、芳成は合点がいった。彼は財布から分厚い米ドルの札束を引き抜き、彼女の手に押し付けた。

こういう女は掃いて捨てるほど見てきた。「これで足りるか? それとも……」芳成が言い終わる前に、女はその札束を彼の体に叩きつけた。

パチン、と乾いた音が響く。殴られた芳成は一瞬呆然とした。彼はわずかに顔を傾け、口から血の混じった唾を吐き出す。今にも彼女を丸ごみ呑み込まんばかりだった。

「聞け!お前がどうやってここに入り込んだかは知らん! だが昨晩は、お前の方から飛びついてキスしてきたんだろうが……」

清祢はそれ以上聞いている勇気がなく、必死に涙をこらえ、床に散らばった米ドルを踏みつけながら、逃げるように部屋を飛び出した。

彼女は道端でタクシーを拾い、スマートフォンの電源を入れ直す。不在着信と未読メッセージが滝のように流れ込んできた。

彼女はメモアプリに行き先を打ち込み、運転手に見せた。 窓の外の風景が猛スピードで後ろへ過ぎ去っていく。清祢の心は千々に乱れ、耳の奥ではあの男の言葉が繰り返されていたーー「お前の方から飛びついてキスしてきた」。理解が追いつかない。どうしてこんなことになったのか。

車が一戸建ての邸宅の門の外に停まる。清祢はヴィラへと駆け込んだ。一刻も早く、自分の身を隠し、シャワーで何もかも洗い流してしまいたかった。

だが、すべては手遅れだった。広大なヴィラのリビングには、大勢の客人が集まっていた。 乱れた髪、崩れた化粧、真っ赤に泣き腫らした目、しわくちゃのドレス、そして白い首筋にのこる小さな痕。それだけで、彼女がどんな夜を過ごしたか、すべてが語っていた。

ヴィラの中は静まり返り、誰もが押し黙っている。佐本ももが甲高い声を上げるまでは。「あら、お姉様、どこに行っていたの?

みんな一晩中あなたを探してたんだから。昭慶お兄さんなんて心配しすぎて、もう少しで警察に通報するところだったのよ」

昭慶は暗い表情で、彼女の首筋にあるキスマークに視線を釘付けにしていた。その眼差しは恐ろしいほど冷え切っている。「どこへ行っていた? その体は、どうしたんだ?」誰もが黙りこくって彼女を見ている。両親さえも不信感を露わにし、まるで汚物でも見るかのように嫌悪と軽蔑、憎しみを込めた視線で、彼女を上から下まで値踏みしていた。

悔しさ、戸惑い、無力感、恐怖が一気に胸に押し寄せる。口を開いて弁解することもできず、彼女はただ、最も信頼していたはずの婚約者である昭慶に向かって、手話で何度も問いかけた。

「あなたはどこにいたの!どうして私を一人で置き去りにしたの?」

昭慶は手話の知識が生半可だったが、あえて理解できないふりをした。口が達者なのをいいことに、話すことも、弁解することもできない清祢に、すべての責任をなすりつける。

「僕たちはもう婚約したんだぞ。それなのに君は一晩中姿を消して、体中知らない男の痕だらけじゃないか。僕の気持ちを考えたことがあるのか?」

昭慶の言葉は激しく、額に青筋を浮かべている。まるで一途な想いを裏切られたかのように、ひどく傷ついたふりをしていた。

その場にいた人々は、次々と彼に同情の眼差しを向けた。

「あんなみっともない姿になって。一途な東海林様に対して、どう申し開きするつもりなのかしら」

「両親は一体どんな教育をしてるんだか」

人垣の中から、耳をふさぎたくなるようなひそひそ話が聞こえてくる。

誰も彼女を信じない。周囲は聞くに堪えない非難と罵声、さらには下卑た噂話で満ちている。 清祢は混乱していた。昨晩、酔った自分を最上階のスイートルームに送り届けたのは、確かに昭慶だったはずだ。

彼女は話すことができず、そして誰も彼女を信じなかった。

清祢は何度も手話で訴える。「違うの、説明を聞いて!」

昭慶はあまりに性急だった。彼は皆の前で、最も残酷な言葉を使い、彼女の最後のプライドをずたずたに引き裂くことさえ厭わなかった。

「僕と婚約したばかりだというのに、姿を消して他の男と夜遊びするとは。佐本清祢、君がそんな人間だったとは、 本当に思わなかった」

清祢の手話の動きが止まる。両腕が力なく垂れ下がり、憂いを帯びた色っぽい瞳から光が失われ、涙が膜を張るだけだった。

「佐本清祢、この東海林昭慶は、不埒な女を娶るつもりはない。婚約は破棄だ。円満に別れよう」

「私はやってない。あなたが?わざとやったの?」

清祢は狂ったように昭慶の襟首を掴んだ。その瞬間、彼の首筋に赤い痕があるのがぼんやりと見えた。彼女がそれに気づく間もなく、乾いた音と共に強烈な平手打ちを食らった。

佐本知也の手は、力を込めすぎたせいで震えていた。彼は怒りを抑えきれず、彼女の鼻先を指差して罵倒する。「この身のほど知らずが!少しは自重しろ!」

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