
見殺し:マフィアのボスの罪
章 3
白石 絵玲奈 POV:
6週目。
その言葉は、私が呆然と診察室を出た後の、無機質な静寂の中で響き渡った。
この子は、私たちの希望になるはずだった。
黒崎組の未来。
今となっては、私を嘘に縛り付けるもう一つの鎖のようにしか感じられない。
エレベーターに向かっていると、彼らの声が聞こえた。
蓮の、低く切迫した声。
赤城朱里の、涙ぐんだ懇願する声。
私は大きな観葉植物の陰に隠れた。体が本能的に動いていた。
彼らはほんの数メートル先に立っていた。
蓮は朱里の肩に手を置き、その表情は優しかった。
「いつなの、蓮さん?」
彼女は彼を見上げて、すすり泣いた。
「いつ、ちゃんとしてくれるの?いつ、私を黒崎組に迎え入れてくれるの?私たちの組は、やっと一つになれるのに」
私は息を殺した。心臓が胸の中で石になったようだった。
蓮の声は固く、奇妙な罪悪感と決意が入り混じっていた。
「白石絵玲奈は俺の妻だ。俺の組の連中の前では、それは変わらない。それが、俺が犯した過ちへの贖罪だ」
彼は一呼吸置き、親指で彼女の頬を撫でた。
「だが、お前と玲央のことは、俺が必ず面倒を見る。お前たちは、俺の血だ」
彼の血。
では、私は何?
贖罪。彼の罪滅ぼしのための道具。
彼らはエレベーターに向かって歩き始めた。
すれ違う時、朱里の目が蓮の肩越しに私を捉えた。
彼女の視線に驚きはなかった。
ただ、冷たく、勝ち誇った光だけがあった。
彼女は私がそこにいることを知っていた。
私に聞かせたかったのだ。
私たちの組同士の戦争で、彼女はすでに勝利していた。
痛みはあまりに鋭く、絶対的で、内臓が引き裂かれるようだった。
私は障害物でしかない。
歪んだ義務感から手放さない妻。
こんな男のために子供を産むつもりはない。
こんな欺瞞の網の中に、跡継ぎを産み落とすつもりはない。
私は受付に戻った。動きは硬く、ロボットのようだった。
そして、中絶の予約を入れた。
病院の駐車場で、私は弁護士に電話した。
「離婚を申請したいんです」
私の声には感情がなかった。
「私が受け取るべきものは、すべて。そのためなら、どんなことでもします」
若頭の権力に逆らってでも、私は自分の自由のために戦う。
もう一台の、蓮が知っている方のスマホが鳴った。
彼の名前が画面に光る。
ほとんど断ろうとしたが、ある種の病的な好奇心から、私は応答した。
「誕生日おめでとう、絵玲奈」
彼の声は温かかった。
覚えていたのか。それとも、彼の秘書が覚えていたのか。
「昨日はすまなかった。特別なことを計画したんだ。今夜、美術館の新しいウィングが落成する。君を称えて」
私が設計した美術館。
彼の「愛情深い夫」という壮大な演技のための、公の舞台。
冷たい予感が私を襲った。
彼は、これから訪れる嵐に全く気づいていない。
自分が亡霊と話していることに、全く気づいていない。
私は一言も言わずに電話を切った。
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