
末期癌の嘘、隠された真実
章 3
塚田莉結 POV:
晴翔は, 結局その夜, 帰ってこなかった.
朝になっても彼の姿はなく, リビングには冷え切った空気が漂っていた.
私はスマートフォンを手に取り, 彼のSNSをチェックした.
そこには, 友美子と晴翔が親密そうに並んで写る写真がアップされていた.
友美子の顔は, 病で痩せこけているはずなのに, 晴翔の隣では, まるで輝くように幸せそうだった.
彼らは友美子の実家で, 彼女の両親と共に食卓を囲んでいた.
晴翔は, 友美子の父親と楽しそうに談笑し, 母親の料理を絶賛していた.
その光景は, あまりにも自然で, 私には見慣れない彼の姿だった.
晴翔は, 私の両親にはいつもどこかよそよそしく, 形式的な態度しか取らなかった.
「お父様, お母様, いつもお世話になっております」
そう言って, 深々と頭を下げる彼の姿は, まるで営業先での取引先の人間に対するかのように, どこか他人行儀だった.
私の家族に対する彼の態度は, いつもそうだった.
私は, 胸の奥で渦巻く痛みを必死に押し殺した.
この痛みは, もう私の身体の一部になってしまったかのようだ.
私はすぐに光子に電話をかけた.
「ねえ, 光子. 結婚式, キャンセルするわ」
光子は電話口で, 絶句した.
「え? 莉結? どうしたの突然? 何かあったの? 」
彼女の驚きは当然だった.
晴翔は, 私との結婚式の準備にも, あまり乗り気ではなかった.
「莉結に任せるよ. 君の好きにしていい」
彼はいつもそう言って, 私に全てを押し付けた.
私は, 彼が喜んでくれることを想像しながら, 夜遅くまでプランナーと打ち合わせを重ね, ドレスを選び, 料理を決めてきた.
私の頭の中には, 晴翔と笑顔でバージンロードを歩く, 完璧な結婚式のイメージが鮮明にあった.
「あの晴翔くんが, あんたとの結婚を『ただのパーティー』だなんて言うくらいだから, よっぽど酷いことになったんでしょ? でも, 本当にいいの? 一生に一度のことだよ? 」
光子は心配そうに尋ねた.
「いいの. もう, 何もかも, どうでもよくなった」
私がそう答えると, 光子は沈黙した.
私の心は, 途方もない苦しみに満ちていたが, 同時に, どこか諦めにも似た安堵を感じていた.
私は, ずっと信じていたのだ.
晴翔は, きっと私のことを愛している.
今はまだ, 彼の中で何かが邪魔をしているだけだ.
時間が経てば, きっと彼は変わってくれる.
そう思っていた.
だが, 友美子の出現と, そのお腹の中の命は, 私の幻想を打ち砕いた.
晴翔が友美子に向ける, あの優しい眼差し.
それは, 私がどんなに努力しても, 彼から引き出すことができなかった愛情表現だった.
私は, 彼の「恩返し」という言葉を信じようとした.
きっと, 彼は後でちゃんと私に説明してくれる.
そう自分に言い聞かせていた.
だが, 彼と友美子が, 私の知らないところで密かに子供をもうけていたことを知った時, 私の心は完全に折れた.
もう, この関係を続ける意味はない.
「ごめんね, 光子. 詳しいことは, まだ話せない」
私はそう言って, 電話を切った.
私の大切な友人に, 晴翔の裏切りを全て話すことはできなかった.
彼女を悲しませたくなかったし, 私自身の醜い感情を, 誰にも見られたくなかったからだ.
その夜, 私は光子と居酒屋で飲み明かした.
他愛ない話をして, 笑って, 泣いた.
光子は何も聞かず, ただ私の隣にいてくれた.
閉店近くになり, 私はふらふらと家に帰った.
玄関のドアを開けると, リビングの明かりがついていた.
晴翔が, ソファに座ってスマートフォンをいじっていた.
私が家に入ると, 彼はすぐに顔を上げた.
「どこに行ってたんだ? 酒臭いぞ」
彼の声には, 僅かな苛立ちが混じっていた.
その言葉を聞いた瞬間, 私の心の中で何かが弾けた.
私のために, 心配する言葉ではない. ただ, 彼の不快感を露わにしているだけだ.
彼の顔には, 私が帰ってこなかったことへの心配よりも, 彼が友美子の元を離れて家にいなければならなかったことへの不満が滲んでいた.
私は何も言わず, バスルームへと向かった.
シャワーを浴びて, パジャマに着替える.
リビングに戻ると, 晴翔はまだソファに座って, 画面を眺めていた.
「莉結, 少し話があるんだ」
彼の声が, 静かなリビングに響いた.
その言葉を聞いた瞬間, 私の心臓がギュッと締め付けられた.
以前, 彼と「話し合い」をした時に感じた, あの絶望感を思い出す.
また, 彼の自己中心的な理屈を聞かされるのだろうか.
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