
パパはいらない、二人で
章 3
浅沼杏梨 POV:
美羽の体がこわばっていた. 彼女の視線は, 陽生が抱き上げている春奈の息子, 蓮に釘付けになっていた.
陽生は, 美羽には一度も見せたことのない優しいまなざしで, 蓮を見つめていた. まるで, 彼が本物の父親であるかのように.
陽生と美羽の視線が, 一瞬だけ交錯した. しかし, 陽生はすぐに目を逸らした.
美羽の瞳には, 今にもこぼれ落ちそうな涙が浮かんでいた. しかし, 陽生はそれを見なかったふりをした.
春奈はわざとらしく蓮を諭した. 「蓮, 陽生さんを困らせてはいけませんよ. 」しかし, 蓮は陽生から離れようとしなかった.
蓮は陽生の首に抱きつき, わざとらしくキスをした. その光景は, 美羽の心を深く傷つけたに違いない.
春奈は私の腕を掴み, 笑顔で言った. 「浅沼さん, やっぱりパーティにいらっしゃらない? 美羽ちゃんも蓮と仲良くできるわよ. 」
私は蹲み込み, 美羽を抱きしめた. 彼女の小さな肩が, 震えていた.
美羽は私の耳元で囁いた. 「ママ, あの人が, パパの本当に好きな人なの? 」
私の心は, バラバラに砕け散った. 私は美羽を抱きしめ, 声を上げて泣いた. 美羽も私の腕の中で, 静かに泣いていた.
美羽は, すべてを理解してしまったのだ. 残酷な現実を.
美羽は私の顔を見上げ, 涙を拭った. 「ねえママ, もう少しだけ, あの二人のことを見ていたい. 」
私は言葉を失った. これ以上, 美羽が傷つくのを見たくなかった.
「美羽, もうやめよう. 」私は懇願するように言った.
しかし, 美羽は首を振った. 「大丈夫. 私, もう分かったから. 」
私は美羽の手を握り, 宴会場の隅へと移動した. 美羽は陽生と蓮から目を離さなかった.
陽生は蓮に, 一口ずつ食事を与えていた. その手つきは, 優しさにあふれていた. 美羽には, 一度も向けられたことのない優しさだった.
美羽は静かに言った. 「ママ, やっぱりパパは, あの人が好きなんだね. 私たち, 帰ろう. 」
その言葉は, 私の心を深く抉った. 私は美羽の手を握り, 会場を出ようとした.
その時, 陽生の秘書が私たちを呼び止めた. 「上杉社長がお呼びです. 美羽さんと一緒に, 少し遊びに行きたいと. 」
美羽の目が, パッと輝いた. 彼女は陽生の姿を探した.
私の携帯に, 陽生からのメッセージが届いた. 「美羽を花火に連れて行きたい. 」
私の心臓が, まるで警鐘のように鳴り響いた. 不安が胸いっぱいに広がった.
しかし, 美羽の顔は, 純粋な喜びで満ち溢れていた. 私は彼女の笑顔を前に, 何も言えなかった.
「美羽, 気をつけてね. 何かあったら, すぐにママに電話するのよ. 」
美羽は力強く頷いた. 「うん! パパを困らせないように, いい子にするね! 」
私は美羽の頭を撫でた. 彼女の小さな体から, 健気な父への愛が伝わってきた.
私は陽生を一瞥した. 彼の目には, 私への何の感情も宿っていなかった.
私は美羽を陽生に託し, 一人, 会場を後にした.
家に着くと, すぐに美羽からの電話が鳴った.
「ママ, ママ! パパが, 私を置いていっちゃった! 」美羽の泣き声が, 電話口から響いた.
「美羽, どこにいるの? どこなの! ママがすぐに迎えに行くから! 」私の声は震えていた.
私は美羽のスマートウォッチのGPSを頼りに, 車を飛ばした.
美羽は, 路肩の雪の中に一人, 座り込んでいた. 小さな体は, 冷え切っていた.
私は美羽を抱きしめ, その冷たさに震えた. 私の心は, 怒りと絶望で満ちた.
「美羽, もう大丈夫よ. ママがずっとそばにいるから. もう, 一人になんてさせないから. 」
美羽は震える声で言った. 「ママ, 寒いよう... 怖いよう... 」
美羽の体は熱を持っていた. 意識が朦朧としているのが分かった.
「パパ... パパ... 置いていかないで... 」美羽はうわ言のように繰り返した.
陽生の冷酷さが, 私の心を深く刺した. 私は美羽を抱きしめ, 二度と誰にも彼女を傷つけさせないと誓った.
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