フォローする
共有
冷酷な夫に見切りをつけた天才妻の華麗なる逆襲 の小説カバー

冷酷な夫に見切りをつけた天才妻の華麗なる逆襲

会社の機密を守るため火災現場へ飛び込んだ私は、その代償に妊娠二ヶ月の命を失った。激痛の中で夫に助けを求めるも、彼は同じ病院で愛人の指の擦り傷を過剰に心配し、付き添っていた。流産の事実を伝えようとする私を、夫は冷酷な言葉で突き放す。さらに絶望は続き、五歳の実の息子までもが愛人に心酔し、私を拒絶。愛人が与えた食べ物で息子がアレルギー発作を起こした際も、息子は彼女を庇い、夫は「母親失格だ」と私を罵った。命を懸けて尽くしてきた五年間、得られたのは家族からの残酷な裏切りだけだった。絶望の淵で心が死んだ私は、鷹司家の妻という立場を捨てる決意を固める。目の前で離婚協議書を引き裂き、反吐が出るような家との決別を宣言した。私はかつて封印した、世界が渇望する天才エンジニアとしての真の姿を取り戻す。自分を蔑んだ者たちから全てを奪い返すため、華麗なる逆襲の幕が今、上がる。
共有

2

病院の重々しいガラスの自動ドアが、凛の目の前でゆっくりと開いた。

一歩外へ踏み出すと、秋の冷たい雨を含んだ風が、容赦なく吹き付けてくる。

薄い病衣一枚の体は、芯から震えた。

ズキリ、と下腹部に重い痛みが走り、凛は思わずドアの冷たい金属フレームに手をついた。

浅い呼吸を繰り返し、痛みの波が過ぎ去るのを待つ。

どれほどの時間がそうして過ぎたのか、凛には分からなかった。ただ、その間に、鷹司暁の黒いセンチュリーは、とっくに病院を後にしていたのだろう。

その時だった。

一台の黒いトヨタ・センチュリーが、水飛沫を上げながら彼女の目の前を疾走していく。

見慣れた、鷹司家の紋章が入った専用車。

雨に濡れたアスファルトの上で、そのナンバープレートがネオンの光を反射して一瞬光った。

あの車に、鷹司暁と安藤静が乗っている。

凛は傘も差さず、まっすぐに雨の中へと歩き出した。

冷たい雨粒が、あっという間に彼女の長い髪を濡らし、肌を打つ。

だが、その冷たさが、不思議と混乱した頭を冴えさせていくようだった。

手を上げると、一台の空車のタクシーが静かに停車する。

後部座席のドアを開けて乗り込むと、濡れた体から滴り落ちた水滴が、本革のシートに染みを作った。

バックミラー越しに、運転手が訝しげな視線を向けてくる。

「どちらまで?」

「……港区、南青山七丁目」

凛は、母親が遺した古いマンションの住所を告げた。

タクシーは、銀座の華やかな大通りを滑るように進んでいく。

車窓の外では、色とりどりのネオンサインが、降りしきる雨の中で歪んで見えた。

交差点で、車が赤信号でゆっくりと停止する。

止まったのは、ミシュラン三つ星を誇る最高級フランス料理店『ロオジエ』の、大きなガラス窓の真ん前だった。

何気なく、凛は窓の外に視線を向けた。

そして、その動きがぴたりと止まる。

雨でぼやけたガラスの向こう、暖かなシャンデリアの光が降り注ぐ窓際のVIP席。

そこに、鷹司暁が座っていた。

彼の隣には、安藤静。

そして、その向かい側には——凛のたった一人の息子、鷹司輝の姿があった。

凛の呼吸が止まった。輝は、いつも鷹司家の屋敷で暮らしており、凛が彼と会えるのは月に数回、決められた時間だけだった。その輝が、今、自分ではない女と、まるで本当の親子のように笑い合っている。その光景は、凛の胸を深く抉った。

指が、ドアのハンドルを強く、強く握りしめる。爪が、肉に食い込むほどの力で。

彼女の目に映ったのは、五歳になる輝が、満面の笑みで、綺麗に包装された手作りのプレゼントの箱を、安藤静に差し出す光景だった。

静はわざとらしく口元に手を当て、驚きと喜びに満ちた表情を作る。

そして、輝の頬に、ちゅ、と音を立ててキスをした。

その光景を眺める鷹司暁の、いつもは冷たい顔の輪郭が、ふわりと和らいでいる。

彼はポケットから、深い青色のベルベットの小箱を取り出した。

箱が開けられる。

中から現れたのは、眩いばかりに輝くダイヤモンドのネックレスだった。

暁は自ら立ち上がると、静の首の後ろに手を回し、そのネックレスをつけてやる。

凛は、思い出した。

あのネックレスは、先月、タカツカサ・グループが南アフリカのオークションで競り落とした稀代の逸品だ。

てっきり、自分の誕生日プレゼントなのだと、心のどこかで、愚かにも期待していた。

レストランの中の三人は、まるで本当の家族のように、幸せそうに笑い合っている。

雨の降る夜の車道で、たった一人、ずぶ濡れでそれを見つめる凛の世界とは、完全に隔絶されていた。

喉の奥から、生臭いものがせり上がってくる。

凛は衝動的に顔を背け、固く目を閉じた。

涙が、零れ落ちないように、必死で眼球の裏側へと押し戻す。

信号が青に変わる。

タクシーが再び走り出し、あの残酷な光景を後方へと置き去りにした。

凛は、濡れたコートのポケットからスマートフォンを取り出す。

画面には、やはり家族からの連絡は何もない。

ただ一件、システムからの自動通知が、通知センターに表示されていた。

「本日、10月25日はあなたの26歳の誕生日です。お誕生日おめでとうございます」

凛は、その無機質な文字を見つめた。

唇の端が、歪んで吊り上がる。

ああ、そうか。

彼らは、自分の誕生日を祝っているのではなかった。

安藤静が、五年前の事故から退院した記念日を、祝っているのだ。

彼女は連絡先リストを開いた。

「鷹司 暁」

その名前に指を置き、一秒の躊躇もなく、左にスワイプする。

「連絡先を削除」

赤いボタンを、強くタップした。

次に、彼女は隠しフォルダから、別の番号を呼び出す。

東京で最も腕利きの、離婚専門弁護士のプライベート回線だ。

数回のコールの後、電話は繋がった。

「……佐伯先生」

凛の声は掠れていたが、その響きには、これまでにない鋼のような硬質な決意が宿っていた。

「離婚協議書の作成をお願いします。条件は、慰謝料も財産分与も一切不要。私は、鷹司家から一円も要りません。ただし、母が遺した会社、『エターナル・テック』の全株式。それだけは、必ず取り戻します」

深夜の突然の電話に、弁護士は驚いたようだった。

だが、凛の口調に滲む尋常ではない覚悟を感じ取り、すぐに恭しい声で応じた。

「……承知いたしました。明朝一番で、ドラフトをお送りします」

電話を切った後、凛はシートの背もたれに深く体を預け、目を閉じた。

腹部の鈍い痛みが、まだ続いている。

だが、心は、全てが引き裂かれた後の、奇妙なほどの静けさに満たされていた。

タクシーが、古いがセキュリティの厳重なマンションの前で停まる。

凛はドアを開け、一度も振り返ることなく、夜の闇の中へとその身を消した。

おすすめの作品

100年越しの月下美人 の小説カバー
8.2
古くから続く陰陽師の名門に生まれた御子柴聖は、幼少期から類いまれなる才覚を発揮し、一族の期待を一身に背負っていた。しかし七歳の頃、伝説の大妖怪・八岐大蛇が一家を襲撃。一族は無残に惨殺され、聖自身も右脚を失うという悲劇に見舞われる。さらに彼女の身には、持ち主の命を糧として吸い尽くす「月下美人の呪い」が刻まれてしまった。絶望の淵に立たされながらも、聖は生き延びるために過酷な運命と対峙し続ける。惨劇から十年の月日が流れ、十七歳へと成長した彼女は、自らの命を蝕む呪縛を解き放つため、そして一族の仇を討つために、再び立ち上がることを決意する。彼女の前に立ちはだかるのは、闇夜を跋扈する恐るべき百鬼夜行の軍勢。失われた右脚と呪いの痛みを抱えながら、聖は凄絶な戦いの中へと身を投じていく。死と隣り合わせの激闘を繰り広げる彼女を待ち受けているのは、果たして救済か、それともさらなる絶望か。命を削る月下美人が咲き誇る時、宿命の歯車が大きく動き出す。
偽装死から始まる復讐劇 の小説カバー
8.0
誰もが憧れるような理想の家庭を築き、カリスマ建築家の夫と愛する息子に尽くすことこそが私の幸福だった。しかし、その日常は残酷な裏切りによって崩壊する。夫は不倫に溺れ、あろうことか最愛の息子までもがその愛人を新しい母親として受け入れ、私を裏切っていたのだ。結婚記念日の夜、夫が用意した見せかけのサプライズの場で不倫相手が姿を現し、公衆の面前で私との関係を嘲笑いながら暴露した。家族という絆も、信じていた愛もすべてが偽りだったと悟った時、私の心には猛烈な憎悪の火が灯る。私はすべてを捨てて復讐に生きることを決意し、失踪屋の手を借りて自らの死を偽装した。翌朝、世間には「長谷部直世、海難事故で死亡」という偽のニュースが流れる。死人となった私は姿を変え、私から居場所と尊厳を奪い去った者たちを地獄へ突き落とすための冷徹な計画を開始する。これは、絶望の淵から這い上がった女による、壮絶な復讐劇の幕開けに過ぎない。
蹂躙された七年婚〜私を戦場に置き去りにした男〜 の小説カバー
9.6
結婚七周年を迎えたその日、平穏な日常は一瞬にして崩れ去った。大使館から届いたのは、滞在先のA国で武力衝突が始まるという緊急の退避勧告。パニックに陥る街で、私は夫からの「階下で待て」という指示を信じ、救急キットを手に必死の思いで駆け出した。しかし、約束の時間を過ぎても夫は現れない。戦火が迫る恐怖の中でようやく繋がった電話の向こうから聞こえてきたのは、あまりに無慈悲な言葉だった。「機密書類で車が一杯だ。それに、戦争を怖がるあの子を優先して避難させる」。愛するはずの夫は、私を戦場へ置き去りにすることを選んだのだ。大使館のバスに乗れと冷たく言い放つ彼の声に、七年間積み上げてきた愛情は粉々に砕け散った。絶望の淵に立たされた私は、もはや彼に縋ることをやめる。轟音と火の海に包まれる街で、私はただ一人、生き延びるために救急キットを背負い直した。裏切りという名の消えない傷を胸に刻み、赤く染まった戦地の中を、私は自らの足で歩き始める。
魔王(の子ども)育成記録 の小説カバー
9.2
長きにわたる激闘の末、ついに世界を救った最強の勇者。しかし、倒すべき宿敵であった魔王が、息を引き取る直前に遺した最後の願いは、あまりにも意外なものだった。それは、自らの血を引く幼き子供を育ててほしいという、切実な託託であった。かつての仇敵との約束を果たすため、世界最強の力を誇る勇者は、剣を振るう戦いの日々から一転、不慣れな育児に奮闘することになる。魔王の子という宿命を背負った幼子を抱え、勇者は新たな冒険の旅へと踏み出す。血の繋がりを超えた絆、そして魔王の遺志を継ぐ子供の成長を軸に描かれる、異世界子育てファンタジー。最強の守護者として、時に厳しく、時に優しく子供を導く勇者の姿は、周囲の人間や世界にどのような影響を与えていくのか。剣と魔法が交錯する王道のアクション要素と、心温まる育成ストーリーが融合した、これまでにない新たな冒険譚が幕を開ける。勇者と魔王の子、数奇な運命に導かれた二人の行く末には、果たしてどのような未来が待ち受けているのだろうか。
追放された“クズ婿”は、世界を震わす絶世の王 の小説カバー
9.0
周囲から「無能な落ちこぼれ」と蔑まれ、肩身の狭い思いをしながら生きてきた一人の婿養子がいた。妻の家族からも人間以下の扱いを受け、犬にも劣る存在として虐げられる日々。そんな彼をさらなる悲劇が襲う。卑劣な陰謀に嵌められた彼は、身に覚えのない罪を着せられ、屈辱にまみれたまま妻の家を追放されてしまったのだ。すべてを失い、どん底に突き落とされた男。しかし、この理不尽な追放劇こそが、眠れる獅子を呼び覚ます引き金となる。彼こそは、かつて世界を震わせた伝説の王者であり、その真の姿を知る者は誰もいなかった。静かに牙を剥き、再び表舞台へと姿を現した絶世の覇者。裏切りと蔑みの果てに、彼は己を貶めた者たちへの逆襲を開始する。隠されていた圧倒的な力とカリスマ性が解放されるとき、世界は未曾有の衝撃に包まれることになる。これは、最底辺まで堕とされたクズ婿が、真の王として覚醒し、運命を自らの手で切り拓いていく壮大な復讐と再起の物語である。彼が歩む道の先には、驚愕の真実と新たな秩序が待ち受けている。
偽りの寵妾、真の目的は命 の小説カバー
7.9
幼い頃から実の姉妹のように育ったお嬢様と私。名家のお嬢様には科挙を首席で突破した状元の婚約者が決まり、誰もがその幸福を信じて疑わなかった。しかし、婚礼前夜に一族を襲った突然の悲劇がすべてを奪い去る。滅門の危機を逃れ、婚約者を頼りに雨の中を彷徨う二人だったが、お嬢様は何者かに拉致され、最後は誰にも看取られることなく枯れ井戸に身を投げるという無念の最期を遂げた。生き残った私は、かつてお嬢様の夫になるはずだった男の「寵妾」として迎え入れられる。やがて彼の唯一の血を引く子を身ごもり、皇族の姫からは激しい嫉妬の矛先を向けられ、男からは掌中の珠のように深く愛される日々。しかし、その甘美な生活の裏側にある真実を、まだ誰も知らない。私の正体は、慈しみ育ててくれた家族と、尊厳を奪われたお嬢様の無念を晴らすために現れた復讐の鬼なのだ。愛に溺れる男の命を奪い、一族を滅ぼした者たちへ報復を果たすため、私は偽りの寵愛を受け入れながら、静かに刃を研ぎ澄ませていく。