
~八歳の王女~不死鳥のごとく甦る
章 2
寧国の皇宮の庭園を歩いていた二人は、日差しの強い朝日を浴び汗だくになっていた。 その日はこの夏一番の暑さで、 二人は影が掛かった軒下で、一休みすることにした。
シンプルな黒のドレスを着た女官は心配そうな様子で話した。「王女さまはどうされてしまったのかしら? 起床してからずっと落ち着かない様子なんです。 ぼんやりとして鏡を見つめて座りっぱなしで、ほとんど話しもしないんですの。 それに毎晩悪夢にうなされていて… まだあの事故のことを怖がっているのかしら?」
宦官は注意深く当たりを見回し、前かがみになって女官の耳にささやいた。「リアンシン、私は王女さまは憑りつかれたんだと思うんだが。 この皇宮に来る前に、私の妹の息子があんな感じになったのを、 見たことがあるんだ。 川で溺れていた甥が 助け出された後、様子がおかしくなってな。 そして、人を送って道教の僧侶を招くと、 甥に何か邪悪なものが憑りついていると言われた。 僧侶が悪魔払いをしたら、 甥はすぐに回復したんだ。 お前、どう思う...? 道教の僧侶を招いたほうがいい?」
リアンシンは不可解な様子だった。「ほんとに? 皇后さまは王女さまに起った事で自分を責めて、 みずから皇帝さまに罰を求め、丸三日、褄梧宮から外出禁止になったのよ。 あなたの言うことが本当なら、悪魔払いはとても重要だわ。 皇后さまに報告して、許可を求めましょう」
宦官は頷いたが、 すこし間を置いて続けた。「皇后さまは王女さまの産みの親でないのに、 よく王女さまの面倒を見ているなんて。なんと情け深いお方だろう。 王女さまは腕白すぎるから、あんな怪我をしたんだよ。 なのに、皇后さまはご自分で責任を取られた。 とても素晴らしいお方だね」
宦官とリアンシンが話していると、誰かが近づいてくる気配を感じて振り返ると、 ピンク色のドレスを着た少女が裸足で庭を歩いているのを見た。
ユンシャン王女だった。
宦官は急いで挨拶をした。「王女さま」
ユンシャンは軽くうなずき、庭にいる他の宦官を軽く見てから、 宮殿に戻って行った。 彼女は二人の会話を全て聞いていたのだ。 素晴らしいですって? 彼女は口をすぼめて嘲笑しており、 その顔つきは、無邪気で可愛らしい顔には釣り合わない冷酷な微笑みだった。
ユンシャンは再び鏡の前に立ち、 鏡に映っている自分を観察しており、 八歳から九歳くらいのあどけない顔の少女が、見つめ返していた。
彼女は自分の手で、そっと右頬にふれた。 王女でもある姉、ホアジンにつけられた深い頬の傷の事を覚えているのだ。 皇后の実の娘であり、彼女はその美しさと魅力で名を知られていた。
ホアジンはとある将軍と結婚したが、 彼は戦争で亡くなってしまったので、 彼女を哀れんで、自分の邸宅に連れて来たのだが、 まさか、彼女が自分の夫と浮気するとは思ってもみなかったのだ。 ユンシャンは、大好きであった姉と夫に椅子に縛り付けられ、彼らの情事を見せつけられたことも覚えていた。
さらに、ユンシャンが生涯を掛けて愛し、信じた夫に、目の前で赤ん坊を投げ捨てられたのだ。
幼かった子供。 彼女のたった一人の最愛の子供... 罪のない子供のことを考えると、ユンシャンは心が張り裂けるような気持ちになった。
例え、姉と夫に残酷で不当に扱われていても、それ以上に、尊敬し、実の母のように思っていた皇后に裏切られたことを受け入れるのがとても辛かった。
ユンシャンは、辛い思い出に押し潰されてしまいそうなのを堪え、自分自身を取り戻すために目を閉じ、 これらの辛い思いは隠し通さなければいけない、と思っていた。
どんなに頑張っても、魂が肉体を去った、あの寒い雨の夜に誓った復讐のことを考えずにはいられなかった。 母親によって毒殺され、姉に傷つけられ、そして夫と女官に裏切られた。 それはユンシャンにとって耐えがたい以上のことだったが、 しかし、まさか自分が幼い頃の自分に生き返り、復讐を果たすことになるとは思ってもみなかった。 全てのことが非現実的で、まるで夢を見ているかのようで、 目を開けたその時から何もせず、この夢から覚める時を待っているだけだった。 しかし、時が経つにつれ今起こっていることは、子供の頃起こったことと全く同じであると彼女は気づき始めていた。
人生をやり直すチャンスを得たのだろうか?
ユンシャンは、子供の頃の自分が木から落ち、数日意識を失っていたことを、今でもはっきりと覚えている。 目が覚めた時、彼女は皇后は自分に罪を着せ、皇帝に適切な罰を与えるように頼んだと、耳にしたのだ。 皇后はユンシャンの産みの親では無かったが、彼女が望む以上に守ってくれていたので、 その事故の後、彼女はとても感謝し、皇后との絆を深めていき、 母親として受け入れ、言われたことは何でもした。
ユンシャンは前世で起った全ての出来事を思い出し、皇后は最初から全てのことを支配していたのだと気づいた。 彼女の実の母は皇帝とは幼馴染で、のちにジン妃(妃とは皇帝に仕える女性で皇后に次ぐ位にあるもの)の称号を得たのだが、 しかし、なせだか彼女は皇帝を怒らせ、冷宮(皇帝の寵愛を失ったり罪を犯した后妃が軟禁される場所)に追放されたので、 ユンシャンは被後見人として皇后に引き取られたのだ。
皇后はユンシャンを熱愛し、 ユンシャンを甘やかし、彼女が欲するものは全て与えた。 その結果、彼女は誇り高く傲慢になり、常に問題を起こしていたので、 皇帝でさえ我慢の限度に達し、成人式の直後に彼女が選んだ男性と結婚させたのだ。 彼女は愛する男性といつまでも幸せに暮らせると思っていたが、 義母は彼女が王女であるにも関わらず、彼女のこと嫌っていて、 いつも彼女の粗探しをしており、やむを得ず彼女は目立たないように振る舞うことにするしかなかった。
ユンシャンはまたあざ笑っていた。 たとえこのことが夢だったとしても、二度と同じ間違いを繰り返さず、 彼らの借りを少しずつ返してもらおうと心に誓ったのだ。
「ユンシャン、ユンシャン...」 外から澄んだ声が聞こえると、 召使いが他の誰かに挨拶をしているような気がした。「おはようございます。ホアジン王女」
あまりの驚きに、ユンシャンは思わず椅子から立ち上がったが、ドレッサーに足をぶつけてしまい、 その上に置いてあった小物が床に落ちた声に我に返って、自分が過剰反応してしまったことに気づいた。 今起こっていることを理解するのに数日かかったが、それでも彼女はホアジン王女を目にした時は落ち着いていることができなかった。
「愛しい妹…」 紫のドレスを着た少女が走りこんできて、ユンシャンの前で立ち止まり、 彼女の手を取って上から下まで見回し、心配そうに聞いた。「気分は良くなった? まだ完全に回復していないのに、 裸足でいてはいけないわ。 今日はかなり暑いけど、裸足でいるのはよくないわ」 そして彼女は後ろに立っている女官に指示を出した。「リアンシン、これがあなたの主人を世話するやり方なの? すぐに、妹に靴を持ってきなさい」
ユンシャンはホアジンが部屋に入って来た瞬間から彼女のことを観察していた。 彼女は小さな女の子だったが、ユンシャンが覚えている彼女のままで、 とても愛らしく、 この先、残酷な心を持つ女性になるとは思えないほどで、 人は見かけだけでは判断できないことに気付いていた。
リアンシンが靴を取りに行こうとしていると、ユンシャンはホアジンの手を振りほどき、寝室へ歩いて行き、 目を大きく見開いたまま、ベッドに寝転んだ。
寝室の外からかすかにホアジンの困惑した声が聞こえてきた。「どうしたの? ユンシャンはまだ気分が悪いの?」
そして、リアンシンがホアジンの問いに答えているのが聞こえてきた。「よくわかりません。 ユンシャン王女は目が覚めた時からこのような状態だったんです。 一人すっとそこに座っていて、ほとんど話もしないんです。 先ほどアンと話していたんですが、もしかしたら王女は憑依されているのかもしれません。 皇后さまにご報告して、悪魔払いをするためにいい道教の僧侶を探そうかと思っているんです」
ホアジンは同意する前、何かを考えていた。「すぐに母上と話をします...」
そして、また静かになった。 ホアジンが去って行ったようだ。 ユンシャンは目を閉じ、自分を取り戻してしっかりしようとしており、 復讐したいのなら落ち着いて、気をしっかりさせないと、と考えていたのだ。
ただ一つの問題は、ここにいる女官や宦官たちは皆、皇后によって集められた者ばかりで、 誰一人信用できる者がいなかったのだ。 ユンシャンは自分の側に付いてくれる人なしでは、切り抜けていけないことはわかっていた。
誰が彼女を助けてくれるだろう?
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