
離婚後、冷酷な彼は泣きながら跪いた
章 3
──自分は「悪役」なのだ。彼の「真の恋人」との関係を引き裂いた、物語の邪魔者なのだ。
動画の中で微笑む、完璧で優しい恋人・凌久。彼がそんな姿を、自分に見せる日はきっと一生来ない──そう思っただけで、胸が締めつけられた。
どれくらいの時間が経ったのか分からない。けれど詩織は、泥のように鈍くなった体を引きずるようにして、布団から起き上がり、浴室へと向かった。
冷たいシャワーが、頭の上から容赦なく降り注いでくる。それでも彼女は、ただ黙って立ち尽くしたまま、水がすべてを流してくれることを願っていた。
鏡に映った自分の顔は、まるで死人のように青白く、肌には青紫色の痕がいくつも浮かんでいた。
その瞬間、涙が堰を切ったように溢れ出した。
その夜、詩織は深い疲労の中で眠りについた。
夜中には、うつろな夢を見ていた。まだ関係がここまで悪くなっていなかった頃──少年のようだった彼と、無邪気に笑い合っていた記憶。
しかし、眠りは浅く、早朝には目が覚めてしまった。
洗顔を済ませ、普段着に着替えて階下へ降りると、 使用人の山田さんが彼女の姿を見て、すぐに慣れた手つきで朝食を運んできた。
何年も一緒に暮らしてきた山田さんは、詩織の好みを熟知していた。温かく、心のこもった朝食だった。
詩織はゆっくりと、それを口に運んだ。
「奥様…昨夜、どうしてご主人を引き止めなかったのですか? 久しぶりにお戻りになったのに……」 山田さんは、詩織のために本気で残念がっていた。
彼女は桐嶋家の古株であり、二人の幼い頃からその成長を見守ってきた人物でもあった。だからこそ、幼馴染だった二人の関係がここまで崩れたことに、深く胸を痛めていたのだ。
詩織の胸が、一瞬きゅっと縮んだ。
けれど、すぐにそれを押し殺すように、穏やかな笑みを浮かべて答えた。「引き止めたけれど──止まってはくれなかったの」
彼の身体を引き止めても、彼の心までは引き止められない。
凌久の心はもう、ベイサイド・ワンにある。そこには──彼が本当に愛している人がいる。
山田さんは手を止め、少し間を置いてから慎重に言った。「お忙しいのかもしれません。あれだけの大きな会社を経営されていますし…」
山田さんは、桐嶋本邸から送り込まれて三年間、ずっと詩織のそばに仕えていた。誰よりもこの結婚の真実を知る人物だ。
だからこそ、その苦しみに、共感せずにはいられなかった。
詩織は長いまつ毛を静かに瞬かせ、トーストの端を指先でつまむと、ふと鼻の奥がつんと痛んだ。
そう──凌久は確かに忙しい。
でも、それでも時間を作って、あの少女のために広雲寺でお守りを手に入れていた。
祝日ごとに一緒に過ごしていたのも、彼女とだった。
そんな思いが胸を締めつける中、突然、詩織のスマホが鳴った。
山田さんは静かに身を引いた。詩織はスマホを取り上げ、少しかすれた声で電話に出る。
「…佳奈、私、離婚したいの…」
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