
囚人番号309番の私を、世界的富豪が買い占めた夜。
章 3
私は鋭い声を上げた。「あんたたちが莉々を殺したのよ!」
秦野聡子の顔に張り付いていた作り笑いが一瞬で凍りつき、その瞳にわずかな焦りが走った。
長谷和夫がすかさず怒鳴りつけた。「長谷杏奈!デタラメを言うな!刑務所暮らしでおかしくなったのか?」
私は彼を睨みつけ、口元に冷たい笑みを浮かべた。「デタラメ?2ヶ月前、莉々が肺炎になった時、どこの病院で治療したの? 担当医は誰?死亡診断書は? 今すぐここに出してよ!」
彼はいきなり核心を突かれて言葉を失い、顔面を青や白へと露骨に変化させた。
「あの子を病院になんて連れて行ってないんでしょ?」
私は2人にじりじりと詰め寄った。ついに怒りを抑えきれなくなり、声が震え出す。「自分たちがいちゃつくことしか頭になくて、莉々を邪魔者扱いしたんだ。 寝室から追い出して、 病気になっても放置して、死ぬまで見殺しにして……全部隠蔽したのよ!」
口から出る言葉1つ1つが、自分の心をナイフでえぐるようだった。
だけど不思議なことに、その痛みで心が壊れることはなく、むしろ頭は異常なほど冴え渡っていた。
2人が目を逸らす様子や、こわばった態度を見れば分かる。私の予想はすべて当たっていたのだ。
和夫の顔がこわばり、偽りの優しさが完全に剥がれ落ちて、その下から獰猛な顔つきが露わになった
彼は声を潜め、じりじりとこちらへ歩み寄ってきた。その目には隠しきれない脅しがこもっている。
「そうだとして、だから何だ?長谷杏奈、今さらお前に何ができるって言うんだ?前科持ちで、出所したばかりで情緒不安定な女の言うことなんて、誰が信じる?」
彼は私の手首を乱暴に掴んだ。骨が砕けそうなほどの強い力だった。
肩にかけていたバッグが床に落ちる。
私は痛みに顔をしかめながら、必死に振りほどこうと暴れた。
彼の声は凍りつくように冷たかった。「賢いなら、今すぐ消えろ。二度と戻ってくるな。どこか遠くへ逃げるための金くらいなら出してやる」
彼は私の耳元に顔を寄せ、ねっとりとした息を吐きかけた。「だが、もしこれ以上騒ぎ立てる気なら……出所したばかりの女が罪悪感に苛まれ、娘の後を追って自殺したとしても、別によくある話だからな」
その瞳に宿るむき出しの殺意を見た瞬間、私は思わず冷笑を漏らした。
声を上げて笑い出した私を見て、彼は呆気にとられ、無意識に手を離した。
私は言い放った。「その通りよ、長谷和夫。 私は出所したばかりで、何も持っていない『犯罪者』ね。全部あんたのおかげだけど!」
私は赤く腫れた右手首をさすり、そのまま勢いよく手のひらを振り上げ、彼の顔面を力いっぱい引っぱたいた。
パァン、と小気味いい音が響き渡る。
いつも大人しかった私が手を出してくるとは、夢にも思っていなかったのだろう。
彼は思いきり平手打ちを食らってふらつき、片手で顔を押さえながら壁に寄りかかった。
聡子が呆然とした後、慌てて私を押さえつけようと飛びかかってきた。「あんた、頭おかしくなったの!?」
私は左手で彼女をガードし、右手を振り抜いてその顔にビンタを食らわせた。
パァン!パァン!パァン!まだまだ怒りはおさまらず、立て続けに3回も平手打ちを見舞ってやった。
色白の顔に真っ赤な手形がくっきりと浮かび上がる。彼女は足元をふらつかせ、派手に転んで私の目の前に膝をついた。
私は冷たい口調で言い放った。「私は正気よ! 今のは莉々の分。これはただの始まりに過ぎないわ!」
2人は顔を押さえて痛みに顔を歪め、うめき声を上げるだけで何も言い返せなかった。
私はかがんで床のバッグを拾い上げ、パズルボックスをしまった。
バッグの中には数着の着替えと、電話番号が書かれた古びて黄ばんだメモ用紙しか入っていない。
それは8年前、蒼海中央公園で助けた老人が私に握らせてくれたものだ。
彼の名前は有馬康太。表舞台には出ないが、世界的な大富豪だった。
あの日、ジョギング中に心臓発作で倒れた彼を、私が専門的な応急処置で救ったのだ。
彼は深く感謝して言ってくれた。「杏奈、もしこの先何か困ったことがあれば、いつでもここに電話しなさい」
その時はただの社交辞令だと思っていたが、まさか今になって、この言葉が私の唯一の希望になるとは。
今の私じゃ、この最低なクズ2人に手を出せない。
ーーでも、絶対にどうにかしてやる!
大富豪の有馬康太の顔が頭に浮かんだ。
彼なら私を助けてくれるかもしれない。
私は振り返ってドアへと向かった。その足取りに迷いはなかった。「あんたとは離婚よ!すぐに離婚届が届くから!」
ガランとしたリビングに、復讐心に満ちた私の声が響いた。「よく覚えておきなさい。あんたたちは、私が必ず地獄へ送ってやる!」
そう言い残し、私は2度と振り返ることなく、迷わずドアを開けて外へ飛び出した。
外はすっかり日が暮れていた。
冬の風は冷たく、顔に当たるとブルッと身震いしたが、おかげで頭はさらにクリアになった。
私はスマホと例のメモ用紙を取り出し、書かれている番号に発信した。
電話が繋がった瞬間、康太の穏やかで落ち着いた声が聞こえてきた。『有馬康太ですが、どちら様でしょうか?』
私は夜風の中で声を震わせた。でもそれは恐怖からではなく、新しく芽生えた熱い決意によるものだ。『有馬さん』
康太はすぐに私だと気づき、驚きと喜びに満ちた声を上げた。『杏奈さんかい? ついに電話をくれたんだね!このスマホは24時間いつでも出られるようにしていたんだ。君からの連絡を待ってね!』
私は胸の奥が温かくなるのを感じて答えた。『はい、杏奈です。 以前、困ったことがあればって言ってくださって……』
康太の声がすぐに心配そうに変わった。『あぁ、もちろん。いつでも頼りにしていいと言ったよ。 どうしたんだ? 何かあったのかい?』
私は大きく深呼吸をした。胸の中で復讐の炎が激しく燃え上がる。『力を貸してほしいんです。私の娘を殺して、私まで殺そうとした2人に……絶対に後悔させてやりたい!』
電話の向こうからは、一切の迷いがない力強い声が返ってきた。『今どこにいる? すぐに迎えをやろう。 詳しい話は、それからゆっくり聞かせてもらうよ』
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