
裏切られた妻の選択
章 3
杉野佳栄 POV:
「タカザワさん, 奥さんいるのに, 聖実さんと仲良しだね」
「そうそう, 最近じゃ, ほとんど聖実さんのことしか見てないんじゃない? 」
同僚たちのひそひそ話が, 私の耳に届く. 私はケーキの箱に書かれた「西野聖実様」の文字を改めて確認した. そのケーキは, 聖実がいつも好んで食べる, 季節限定のフルーツタルトだ.
私はそのタルトが大嫌いだった. 幼い頃から, 特定のフルーツにアレルギーがあったからだ. 秀喜は, そのことをよく知っていたはずなのに.
私は, 私たちの出会いを思い出した. 秀喜は, 私の才能を見抜き, 私をチーフデザイナーとして迎え入れてくれた. 彼はいつも, 私の仕事に理解を示し, 私を励ましてくれた.
ある日, 私が残業で遅くなった時, 彼は私のデスクに温かい夕食を置いていった.
「佳栄, 無理するな. お前が倒れたら, 俺も困るから」
その夜, 私が風邪を引いた時, 彼は薬と温かいスープを私に届けてくれた. 薬は, 私が嫌いな苦い味を隠すために, チョコレートに混ぜられていた.
「佳栄は, 俺の最高のパートナーだ」
彼はいつも, そう言ってくれた. 同僚たちも, 私たちの恋を応援してくれていた. 私たちは, 誰もが羨むような, 完璧なカップルだった.
しかし, 彼の情熱は, もう私には向けられていない. 彼の目は, もう私を映していない. 彼の優しさは, もう私には向けられていない.
私は, 仕事に没頭した. 考えている暇などない. ただ, 目の前のデザインに集中するだけだ. 数日間の連続残業で, 私の体は悲鳴を上げていた.
その日の夜, 秀喜が私のデスクの前に突然現れた.
「佳栄, まだ残ってるのか? 」
彼の声には, いつもの冷たさに加えて, どこか探るような響きがあった.
私は彼が何の用で来たのか, いぶかしんだ. 嫌な予感がした.
「高沢社長, 何か御用でしょうか? 」
私は, 彼を苗字で呼んだ. もはや, 夫としての情など残っていない.
「あのプロジェクト, 聖実に任せることにした」
彼の言葉に, 私の心はまた一つ, 深く傷ついた. しかし, 同時に, 私はこの展開を予期していた.
「聖実はまだ経験が浅い. だから, 俺が彼女をサポートしてやらなければならないんだ」
彼はそう言って, 聖実を庇った. 私がこのプロジェクトにどれだけの労力と時間を費やしてきたか, 彼は全く理解していないようだった. あるいは, 理解しようとさえしていないのかもしれない.
「分かりました」
私の声は, 驚くほど冷静だった. もはや, 腹を立てる気力さえ残っていなかった.
これで, 私は会社に借りはない. 辞表を出す時が来た.
秀喜は, 私のあっけない返事に拍子抜けしたようだった. 彼は戸惑った表情で, 小さな箱を私に差し出した.
「これ, お前に. この前, お前が欲しがっていたブランドのネックレスだ」
私はその箱を見た. 秀喜は, 私の欲しいものを知っているかのように振る舞うが, 彼の心は, もう私から離れていた.
「遅すぎます」
私は, 彼の言葉を遮った. 彼が私に与えようとしているものは, もはや私には必要ない. 彼の優しさは, もはや私を喜ばせることはない.
彼はいつも, 私を飴と鞭で操ろうとした. 与えるふりをして, さらに深く私を縛りつける.
秀喜は, 私が納得したとでも思ったのだろうか. 彼は一方的に話を進めた.
「離婚届は撤回しよう. 来月, お前が行きたがっていたハワイにでも行こうか」
私は, 彼の言葉に耳を傾けながら, 携帯を手に取った. SNSのタイムラインには, 聖実が投稿した写真が流れていた.
そこには, 私が欲しがっていたのと同じブランドのネックレスを身につけ, 満面の笑みを浮かべる聖実が写っている. そして, そのネックレスは, どう見ても購入特典のノベルティだった.
彼は, 私へのプレゼントを選ぶことさえ, 面倒がっていたのだ. 彼の心の中には, もう私のかけらも残っていない.
おすすめの作品





