
結婚記念日の裏切りと離婚届
章 3
藤沢真悠穂 POV:
細い雨が降りしきり, 涼しい風が木の葉を揺らして, サラサラと音を立てていた. 私の心は, もう揺らぐことはなかった. 昨夜の出来事が, 私を決定的にした.
迷うことなく, 弁護士に電話をかけた. 「すぐにでも, 離婚手続きを終えたいんです. 」私の声は, 自分でも驚くほど冷静だった.
弁護士事務所に向かう足取りは, かつてないほど軽かった. 私には明確な目的があった. 扉を開けると, そこは以前訪れた時と同じ, 静かで落ち着いた空間だった.
「今日中に, 離婚協議書を完成させることは可能でしょうか? 」私は切羽詰まった声で尋ねた.
弁護士は眉をひそめ, 記録を確かめた. 彼は少し考え, 「協議書は半分ほど作成済みです. 今日, 残業すれば完成させられるでしょう」と言った.
「何か, 急ぐ理由でも? 」弁護士が尋ねた.
私は微笑みを浮かべ, 正直に答えた. 「ええ. 一刻も早く, この苦しみから解放されたいんです. 」
その日は深夜まで弁護士事務所に滞在した. そして, ついに, 一冊の黒いファイルを手にした. それは, 離婚協議書だった. 事務所を出ると, 私の眉間には深い皺が刻まれていた. どうすれば彼に署名させることができるだろうか. 簡単なことではないとわかっていた.
その時, 携帯電話が震えた. 画面には「大河」の文字.
「どこにいるんだ? 今から迎えに行くよ. 」彼の声は, 昨夜とは打って変わって優しかった.
私は一瞬迷ったが, 彼の言葉に甘えることにした. 私は彼に, 弁護士事務所の近くにあるカフェのアドレスを伝えた. この機会に, 全てを打ち明けるつもりだった.
しかし, 時がどれだけ経っても, 彼は現れなかった. 不安になり, 携帯電話を手に取ったその時, SNSの通知が目に入った. それは心結の投稿だった.
「停電で真っ暗な夜, 大河さんが一緒にいてくれて心強い! 最高のサプライズ! 」
写真には, キャンドルの灯りが揺れる中, 心結の指と, そこに添えられた大河の手が写っていた. 彼の薬指には, 私との結婚指輪が輝いていた. 私は静かに画面を見つめた後, 乾いた笑みを浮かべた. 彼が来なかった理由が, これで完全に理解できた.
私は心結の投稿に「いいね」を押し, そのまま家へと歩き始めた. 家に帰ると, 疲れ果ててベッドに横になった.
深夜になって, ガチャリとドアの開く音がした. 大河が帰ってきたのだ. 彼は自然に私の腰に腕を回し, 私の首筋にキスをした. 「真悠穂, 寂しかったよ. 愛してる. 」彼の甘い囁きは, 私にはもう届かなかった.
彼の体から, 心結の香水の匂いがした. 私は思わず, くしゃみをした. その瞬間, 強い嫌悪感が私の心を支配した.
「疲れているの. 今日はもう寝たいわ. 」私は彼の腕をそっと押し退けた.
「どうしたんだ? 具合が悪いのか? 病院に行くか? 」彼は驚いた顔で私を見た. そして, 私がくしゃみをしたことに気づくと, 一瞬, 罪悪感に苛まれたような表情を浮かべた.
「ああ, ごめん. 昨夜, 君を迎えに行けなくて本当に悪かった. 急な仕事が入ってしまってな. 」彼は上辺だけの謝罪を口にした.
私はもう何も言わず, 目をつむり, 小さく首を横に振った. 彼は決して, 私に真実を語ることはなかった. そして, 私はもう, 彼に真実を求めることもないだろう. 離婚協議書を秘密裏に準備したことに対するわずかな罪悪感は, この瞬間, 完全に消え去った.
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