
捨てられた妻の華麗なる逆転
章 3
(坂上杏樹 POV)
博信は, 私の返事を待たずにリビングに入ると, バラの花束をテーブルに乱暴に置いた.
「お前が江美に嫉妬してるのは分かってる. でも, 謝るべきはお前の方だろう」
彼の言葉は, 私の心を掻き乱すことなく, ただ虚しく宙に消えていった.
「このバラは, お前のために買ってきたんだ. 素直になって, 江美に謝れば許してやる」
彼は, 私を見下ろしながら, まるで私が彼の施しを喜んで受け入れるとでも思っているかのような, 傲慢な表情を浮かべた.
私は, テーブルの上のバラを一瞥した.
すでに花びらの端が茶色く変色し, 萎れかけている.
博信が, 江美に贈るために買ったバラの, 売れ残りか.
あるいは, 一度江美に渡して, 受け取ってもらえなかったものか.
私の心に, 冷たい嘲笑が広がった.
彼は, 私を本当にゴミのように扱っている.
私は, ソファに座ったまま, 何も言わなかった.
博信は, 私の沈黙に苛立ちを募らせた.
「おい, 杏樹! いい加減にしろ! 」
彼の声が, リビングに響き渡る.
「これ以上, 俺に迷惑をかけるな」
私は, 鼻をつまみ, 顔を顰めた.
「すみません. 私, 花粉アレルギーで. 少し, 息苦しいです」
私の言葉に, 博信は目を見開いた.
彼は, 私が花粉アレルギーであることを, すっかり忘れていたようだった.
いや, そもそも知ろうともしていなかったのだろう.
彼の顔に, 怒りの色が浮かび上がる.
「お前は, 本当に厄介な女だな! 」
彼は, テーブルの上の花束を掴み, そのまま私の顔目掛けて投げつけた.
バラの花びらが, 私の顔に散らばる.
私は, 咄嗟に腕で顔を覆った.
花粉が, 鼻腔に入り込む.
肌が, 赤く腫れ上がっていくのを感じた.
呼吸が, 苦しくなる.
「そんな不細工な顔で, 江美と張り合おうなんて, 笑わせるな! 」
博信は, 私の顔を見て, 嘲笑した.
「お前みたいな女に, 俺が未練があるわけないだろうが」
「感謝しろよ. 俺がお前と離婚しないのは, 結月のためだ」
「もし, これ以上俺に逆らうなら, 本当にこの家から追い出すからな! 」
彼の言葉は, 私の心を深く抉った.
その時, 階段から結月の声が聞こえた.
「パパ! どうしたの? 」
結月は, 私に散らばったバラの花びらを拾い上げ, 満面の笑みで私の顔に投げつけた.
「ブス! 早く出て行け! 」
博信は, 結月の手を引き, 私を一瞥することもなくリビングを出て行った.
「杏樹, またこんなことして. 次はないからな」
彼の冷たい声が, 私の耳元に響いた.
その後ろ姿は, 私を完全に置き去りにしていた.
私は, 床に倒れたまま, 呼吸が苦しかった.
喉が締め付けられ, 意識が朦朧としていく.
震える手で, ソファに置いてあったスマートフォンを探し, 友人の番号に発信した.
「ハァ, ハァ…」
「もし, もし杏樹? 」
友人の声が, 遠くで聞こえたような気がした.
そこから, 私の意識は途切れた.
次に目覚めた時, 私は病院のベッドの上にいた.
体中の痛みが, 私を現実に引き戻した.
また, 彼らに殺されかけた.
これまでの苦痛が, まるで走馬灯のように脳裏を駆け巡る.
けれど, もうすぐ, この苦痛から解放される.
友人が, 心配そうな顔で病室に入ってきた.
「杏樹! 大丈夫なの! ? 博信があんなひどいこと言うなんて! 」
友人の声には, 怒りがこもっていた.
「あいつ, お前が危篤だって言ったら, 『ざまあみろ』って言ったんだぞ! 」
私は, 小さく苦笑した.
「もう, いいの. 離婚したら, 彼とは何の関わりもないわ」
友人は, 私の言葉に驚いた顔をした.
けれど, すぐに「そうよね! 杏樹はもっと幸せになれるわ! 」と, 力強く私の手を握ってくれた.
私の心は, 静かに頷いていた.
もう, あの地獄には戻らない.
私は, 解放される日を, ただ待つだけ.
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