
退職してお見合いしたら、元上司の子供を妊娠していました
章 2
終わった後、男は身をかがめ、再び彼女の顎を掴んだ。
「明日のお見合い、断れ」
彼女はもう、力を振り絞ることもできず、か細い力で彼の手指を握った。
そして、この三年間で最も大胆な言葉を口にした。
「じゃあ、結婚しないでくれる?」
名分がなくてもいい。ただ、愛人にならなくて済むのなら。
一生、彼のそばで消耗して、死んでいっても構わない。
尚哉の表情が、一瞬固まった。
次の瞬間、彼は低く笑い出した。
抗いがたいほど人を溺れさせる、蠱惑的な声で。
だが、その瞳の底にある冷たさは、人を凍え死にさせるほどのものだった。
「君は、一線を越えたな」
その一言が、彼女のすべての儚い望みを打ち砕いた。
分かっていたはずだ。この男が、自分を愛するはずがないことくらい。
彼女は眉を伏せ、彼を真似て自嘲気味に微笑んだ。
「藤堂社長、休暇の申請を不許可にはできても、私が有給休暇を消化するのは、合法的で正当な権利です」
顎を掴む指に、ぐっと力が込められる。彼女は痛みに顔を顰めた。
だが、これ以上妥協する気はなかった。
四つの目が交錯する。尚哉の眉間には、明らかに不快の色が浮かんでいた。
しかし、彼は怒りを爆発させることはなかった。
彼にとって、従順な兎はいくらでも手に入る。
噛みつくような兎は、飼うのも面倒だ。
「薬を飲んで、綺麗に片付けておけ」
彼は彼女を解放すると、バスルームへと姿を消した。
彼が再び出てきた時、部屋は予想通り、元通りになっていた。
ベッドの上には、三年前、彼が女に渡したキャッシュカードが置かれていた。
この三年間、彼女は一度もそれに手をつけていない。
女が自分の下で咲き乱れる様を思い出すと、彼の胸にわけのわからない苛立ちがこみ上げ、それはますます激しくなっていった。
……
午前9時。
市西部のカフェ。
詩織にとって見合いは初めてではなかったが、真剣な気持ちで臨むのはこれが初めてだった。
相手は三十六歳、見た目は実直そうで、最近帰国したばかり。電子テクノロジー企業でシニアエンジニアとして働いているという。
職業柄か、朴訥で口数が少ない。
見合いは終始、詩織が主導権を握っていた。
結納金、家、車――母である相沢美佐子が要求したすべてを、相手は承諾した。
彼女は、断る理由が何一つ見つからないことに気づく。心が空っぽで苦しく、きりきりと痛んだ。
今朝、家を出る時のことをふと思い出す。母は、小学五年生になったばかりの弟を送り出す際には慈母を演じ、ドアが閉まった途端、見合いでの注意点や要求すべき事柄などを詩織に諄々と説いた。そして最後に、結婚がどれほど素晴らしいかを熱弁したのだった。
弟の将来の学費のためにも、詩織自身の一生の幸せのためにも、今回は多くの結納金をもらわなければならないと。
母は忘れているようだった。自身が六度も結婚しながら、一つの家庭すら守れなかったことを。
二年前、母は突然十歳の少年を連れて、祖母が遺した古い家に転がり込んできた。床に座り込んで大声で泣きじゃくり、鼻水と涙でぐしゃぐしゃになりながら、十年も前に捨てたはずの娘に、自分たちを養えと迫ったのだ。
詩織は時々考える。もしこの母の顔を覚えていなかったら、縁を切ることができたのだろうか、と。
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