
間違えて嫁いだら、社長の愛しさが止まらない
章 3
「きゃっ――」
激しい痛みに、夏希は一瞬にして意識を失った。
意識を取り戻した時、 白い肌の上で、鮮やかな赤がじわじわと広がっていく。
(この野郎!)夏希は心の中で翼のことを何度も罵った。
「ソファで寝ろ」
翼の冷たい声が、まるで平手打ちのように夏希の頬を打った。
夏希は一瞬で我に返った。
澄んだ瞳を大きく見開き、翼に言い返そうとする。
しかし、その視線が翼の深く冷たい瞳とぶつかった瞬間、彼女は凍りつき、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
夏希は決して、人に言いなりになるような柔な性格ではない。 だが、状況を判断し、いつ耐えるべきかを知っている。
初めて翼に会った時、彼女はその際立った容姿に目を奪われたが、同時に彼から放たれる強大で冷たいオーラも感じ取っていた。
直感的に、 これは非常に危険な男であり、
絶対に手を出してはならないと悟ったのだ。
「二秒やる。 俺のベッドから出ていけ。 さもなければ、どうなっても知らんぞ」
翼の魅力的でありながら、一切の温かさを含まない声が再び響いた。
夏希は内心、激しく怒っていた。
だが、彼女は不満げに翼を睨みつけると、心の中でそっと自分を慰めた――
許してあげよう。
彼はまだ二十五歳だ。
こんなに若くして不治の病にかかり、いつ死んでもおかしくない。 少しぐらい機嫌が悪いのも仕方がない。
「覚えておけ。 これからは、そのソファで寝ろ」
夏希がソファに横になった途端、薄い毛布が彼女の体に投げつけられた。
「分かったわ」
夏希は高慢に眉を上げ、
心の中で鼻を鳴らした。
彼女が翼と結婚したのは、母親を救うためだ。 目的はすでに達成されたのだから、これ以上余計な面倒を起こす必要はない。
しかし、夏希は決して黙って屈辱に耐えるような人間ではない。
いつか必ず、翼を懇願させてやる。
その時こそ、今日受けた屈辱を倍にして返してやる、と彼女は誓った。
夏希はいつの間にか眠りに落ちていた。
一方、翼は寝返りを打ち、なかなか眠れずにいた。
夏希はもうベッドにはいない。
だが、彼女が先ほどまで横たわっていた場所には、彼女の体から漂う淡い香りがまだ残っていた。
その香りが、翼にあの夜、あの狂おしい夜を繰り返し思い出させる。 そして、ソファにいる夏希に飛びかかり、彼女を抱くという衝動さえ掻き立てた……
くそっ!
彼が当初、結婚相手に指名したのは雪乃だったはずだ。 夏希は、一連の偶然が重なり、雪乃の代わりに嫁いできたに過ぎない!
常に自制心が極めて強かった自分が、どうしてこの女にこれほど心を乱されるのか?
……
翌朝、夏希は誰かに揺り起こされた。
重い瞼をこじ開けると、まず目に入ったのは、高級なスーツに身を包み、車椅子に座った男だった。 視線を上に移し、男の顔をはっきりと見た瞬間、彼女は息を呑み、まるで喉を締め上げられたかのように、声も出なかった。
彼女は、これほど醜い顔を見たことがなかった。
その顔は、五官が歪み、皮膚は皺とひび割れで覆われ、赤紫色の痘痕や陥没が数多くあった。 真夜中に突然この顔を見たら、心臓が止まってしまうかもしれない。
「たった一晩で、自分の夫を忘れたのか?」
男はからかうような口調で言った。
その聞き覚えのある声――冷たく、高貴で、磁気を帯びた声――を聞いて、夏希は目の前の男が翼であることに気づいた。
「起きろ。 この服を着ろ」
一筋の紅が夏希の足元に落とされた。
それは、鮮やかな緋色の色打掛だった。
この地の風習では、新婚夫婦は結婚後しばらくの間、結婚生活が円満にいくよう、縁起の良い服を着る習わしがある。
夏希はその紅い布を一瞥しただけで、翼の恐ろしい顔をじっと見つめていた。
噂通り、大河家の長男は鬼のように醜い。
だが、これはきっと仮面だ。
人は通常、自分の最高の姿を他人に見せたいと思うものだ。 だから化粧をしたり、写真を加工したりする。
しかし、これほど優れた容姿の持ち主が、なぜわざわざこんな醜い仮面をつけなければならないのだろうか?
翼は彼女の心を見透かしたかのように、冷たい声で言った。 「お前が知る秘密が多ければ多いほど、お前は危険になる。 覚えておけ。 この家で長く生きたければ、口を閉ざすことだ」
夏希は背筋に寒気を感じた。
しかし、翼の警告は彼女を怯ませるどころか、かえって彼女の好奇心を掻き立て、彼の秘密をさらに探りたいという気持ちにさせた。
「お前の体に興味はない。 着替えろ。 俺のことは気にするな」 そう言うと、翼は車椅子を動かし、彼女に背を向けた。
夏希は眉を上げ、高慢に言い返した。
「ご安心ください、大河様。 私もあなたに興味はありません。 あなたのような冷たい男は、私の好みではありませんから」
彼女の言葉を聞き、翼は仮面の下の端正な顔に、一瞬、気づかれにくい異様な表情を浮かべた。
夏希は着替えながらも、やはり彼を観察せずにはいられなかった。
否定できない。 翼は性格こそ冷たいが、確かに女性を抗いがたく惹きつける魅力を持っていた。
彼の脚は長く、体は引き締まっていてたくましい。 彼女の目測では、もし彼が立ち上がることができれば、身長は186から189センチの間だろう。
昨夜、彼女は彼に何らかの道具でベッドに引きずり込まれただけで、彼が立ち上がる姿は見ていない。 今も車椅子に座っていることから、彼が本当に両脚を動かせない可能性は高い。
海市で、翼の名を知らぬ者はいなかった。 彼はビジネスの天才で、十三歳で驚くべきビジネスの才能を発揮し、二十歳で海市のトップビジネスマンの一人となった。 冷酷非情で、手段を選ばず、決断力に優れていることから、「暗夜帝王」と呼ばれている。
そして自分は、彼の驚くほど美しい素顔を見てしまった……
あれほどの美男子が、 両脚を動かせず、 車椅子の上で一生を過ごさなければならないとは……
あまりにも惜しい。
その時、部屋のドアが開いた。 全身に豪華な宝飾品を身につけ、笑顔を浮かべた中年女性が入ってきた。
夏希は昨夜、この女性に会っていた。
彼女こそ、翼の母親である周淑彤だった。
翼は静かに言った。
「母さん」
夏希は驚いた。 翼が常に氷山のように冷たいわけではないのだ。 母親に対する彼の口調は、生まれつきの高貴さと距離感を含んではいたが、その中には明らかな優しさが透けて見えた。
「ええ」
周淑彤は息子を一瞥すると、まっすぐ夏希のそばに行き、親しげに尋ねた。
「お嫁さん、結婚したばかりなのに、どうしてもう少し寝ていなかったの?」
夏希が答える間もなく、翼が彼女の上着を掴み、襟元を数センチ引き下げた。
「あら、その首筋の跡は……うちの息子がつけたものかしら?」
周淑彤の目が興奮して輝いた。
夏希ははっと気づき、衝撃を受けた。 翼が彼女の首を噛んだのは、母親に誤解させるためだったのだ!
「シーツが汚れた。 交換して洗っておけ」 翼はいつもの冷淡な口調で言った。
「はい、若様」
一人のメイドがそっと翼のベッドのそばに歩み寄った。
しばらくして、メイドは数カ所に鮮やかな赤みがついたシーツを抱え、周淑彤の前にやって来た。
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