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離婚を求めた天才外科医:もうあなたには戻らない の小説カバー

離婚を求めた天才外科医:もうあなたには戻らない

慶應病院で心臓外科医として働く私は、西園寺財閥の総帥を夫に持つ。しかし、病院の駐車場で目撃したのは、内科医の高橋とその子供を慈しむように抱きしめる夫の姿だった。彼は愛人と隠し子のために、彼女を隣室へ住まわせ、さらには職務上のミスまで権力で隠蔽する。実の両親から暴力を受け、顔から流れる血を拭いながら助けを求めた夜、夫は電話越しに彼女の子供と笑い合い、「自分で何とかしろ」と冷たく突き放した。愛する家族が別にいるのなら、なぜ私が提出した離婚届を破り捨て、私をこの理不尽な婚姻関係に縛り付けようとするのか。絶望の淵で私の心は完全に冷め、彼への未練は消え失せた。私は病院への異動を決め、弁護士を通じた委任状を彼に突きつける決意を固める。もう二度と、この男の支配に怯える日々には戻らない。自らの足で歩み出すため、私は長すぎた悪夢に終止符を打つ。
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3

桜子は視線をそらし、自室のドアの前に立ち、慣れた手つきで暗証番号を入力する。

電子ロックが解除される音と共に、ドアを開けた。

その瞬間、桜子の動きが止まった。

リビングのソファに、西園寺暁が座っていた。ネクタイを少し緩め、明らかに不機見そうな顔でこちらを見ている。

桜子は一瞬だけ彼に視線を向けたが、すぐに逸らし、無表情のまま靴を脱いだ。彼を完全に無視して、寝室へ向かおうとする。

「おい」

立ち上がった暁が、彼女の腕を強く掴んだ。

その感触に、桜子の眉が不快にひそめられる。彼女は振り向き、掴まれた腕を冷たく振り払った。

「何ですの」

「あの女を、このマンションに住まわせたそうね」

桜子の声には、温度がなかった。

「結衣の身に危険が及ぶ可能性があった。ここのセキュリティが一番確実だ」

暁は苛立ちを隠さずに弁明する。

「そうですか。それはご親切なことで」

桜子は静かにそう言うと、バッグから一枚の書類を取り出した。昨日、暁が不在の間にサインだけしておいた、離婚届だ。

それを、ローテーブルの上に、滑らせるように置いた。

暁の視線が、その紙に落ちる。彼の瞳孔が、一瞬、鋭く収縮した。

彼は無言で離婚届を手に取ると、次の瞬間、何の躊躇もなくそれを真っ二つに引き裂いた。

ビリッ、という乾いた音がリビングに響く。

破り捨てられた紙の破片が、床にひらひらと舞い落ちる。

「離婚はしない」

低く、地を這うような声で暁が言った。

「絶対にだ」

桜子は、そんな彼を嘲りとも軽蔑ともつかない目で見つめた。そして、何も言わずに彼に背を向け、寝室に入ると内側から鍵をかけた。

ドアの向こうで、暁が忌々しげに舌打ちをする音が聞こえ、やがて玄関のドアが乱暴に閉まる音がした。

翌朝、桜子は部屋の隅にスーツケースを一つ置き、いつも通り病院へ出勤した。

タクシーで慶應義塾大学病院に着くと、ロッカールームで手術着であるスクラブに着替える。

着替えながら、彼女は無意識に左手首にある古い傷跡を指でなぞった。心のスイッチを切り替えるための、長年の癖だった。

オペ室へ向かい、念入りに手洗いを行う。

「小林先生、お願いします」

加藤誠をはじめとするオペチームのメンバーが、緊張した面持ちで彼女を迎えた。

「ええ。始めましょう」

今日のオペは、難易度の高い心臓バイパス手術だ。

桜子はメスを受け取ると、迷いのない、鮮やかな手つきで患者の胸に最初の切開を入れた。

私生活の混沌が嘘のように、彼女の心は静まり返り、目の前の生命だけに集中していく。

手術が中盤に差し掛かった時だった。

ピッ、ピッ、ピピピピッ!

モニターの警告音が、オペ室の緊張を極限まで高めた。予期せぬ部位からの出血だ。

チームに動揺が走る中、桜子の声だけが、氷のように冷静だった。

「慌てないで。サクション。ガーゼを」

彼女は素早く出血点を確認し、的確な指示を次々と飛ばしていく。その冷静さがチームに伝播し、オペ室は落ち着きを取り戻した。

彼女の迅速な処置により、患者のバイタルは徐々に安定していく。

それから数時間後。

桜子は、最後の一針を縫い終えた。

「……終了です」

その声と共に、オペ室は安堵の空気に包まれた。

桜子はオペ室を出て、マスクを外す。汗で湿った額を手の甲で拭った。

待合室で待っていた患者の母親、斎藤明美に手術の成功を告げると、彼女は泣きながら桜子の手を握りしめた。

「先生……! 本当に、本当にありがとうございました……!」

その温かい涙と感謝の言葉が、ささくれだった桜子の心を、ほんの少しだけ癒してくれた。

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